私がソフトウェア工学関係の200人ほどの研究会に提供しているメーリングリストで、今までにいろんな問題が生じ、問題を防ぐためのさまざまな工夫を凝らしてきたということを、きまぐれノートで何度か紹介しました。それについて
第124回でまとめたことを再掲します。
- 配信されるメールの返信先がメーリングリストになるようにしているため、会合案内に対する出欠の返答が多くの人から全員に流れ、会長から苦言が呈された。
→返信先をメーリングリストに指定しないように配信するアドレスを別に設け、会合案内にはこれを使ってもらうようにした(第48回参照)。
- 長文の全文引用をそのまま流す人が跡を絶たず、メールボックスの容量制限がきついプロバイダを使っている受信者のメールボックスを早くあふれさせるおそれがある。
→引用行数制限フィルタを作った(第65回、第67回参照)。
- 巨大なデータで配送事故が起こるから添付ファイルはやめてくださいと何度言っても流れる。
→添付ファイル除去フィルタを作った(第65回参照)。これによってウィルスの伝播を食い止めることができた(第98回、第114回参照)。
そして、
第124回で紹介した問題と工夫は次のことでした。
- 会員がメールの自動転送を設定し、その転送先でエラーになり、そこのメールサーバが、Reply-Toヘッダに指定されていたメーリングリストへエラー通知を返したため、メールループが発生した。
→今後メールループが発生した時のために、会員が誰でもウェブアクセスによってメーリングリストの配信を止めることができる非常停止ボタンを設けた。
- メールループ事故の翌日、大量のメールの受信に驚いた会員が非常停止ボタンをクリックした。勘違いはやむを得ないが、「停止したら必ずメーリングリスト管理者に連絡してください」という説明を読まなかった。
→非常停止ボタンの案内ページにアクセスしたら自動的に連絡メールがポップアップされるようにした。
問題はこればかりではありませんでした。
- 特定の会員へ送るつもりで、送り先の会員がメーリングリストに流していたメールに対する返信の操作をしたために、Reply-Toヘッダによって宛先がメーリングリストに設定され、個人メールが全会員に流れる。
- 間違って社内連絡をメーリングリストに投稿する。
- 会合案内に対する出欠の返信を「全員に返信」の操作で送る。
- ウィルス情報を流して注意を呼びかけても、感染してメーリングリスト宛にウィルスメールを投げる(メールサーバでの受信拒否と、添付ファイル除去フィルタがあるので、感染を広げることはありませんが)。
- 会の趣旨にそぐわない話題について数人で盛り上がり、苦言が呈される。
- (その他、ここに書くのがはばかられることもいろいろ。)
前々からこういう問題が発生していたので、メールループ事故をきっかけに、会長、事務局長と相談したうえで、究極の安全策をとることにしました。それは、メーリングリストとパスワード付きウェブ掲示板を併用し、メーリングリストを“検閲制”にすることです。
メーリングリストは、会合案内などを流す事務局長と、ネットワークサービス運用情報などを流す私からの投稿のみ、即刻配信されるようにします。ほかの会員からの投稿は、いったん私だけに通知され、私が配信の操作をした時に配信されるようにします。
(私はそのプログラムをPerlで自作しましたが、fmlなどの本格的なメーリングリストプログラムでは、「moderated」(司会者付き)機能を利用して実現できます。)
会員からの投稿は、私が検閲して、全会員に配信するにふさわしくないメールは配信せずにおきます。これにより、万一メーリングリストのアドレスが洩れてスパムメールに悪用された場合も、会員に迷惑がかからずにすみます。
議論やそのきっかけとなりうる意見は、メーリングリストでは禁止し、掲示板に投稿してもらいます。掲示板なら、会員が自分にとって興味のない議論の受信を強いられることはなく、興味のある人だけが見に来るという使い方ができます。
このような運用のためには、メーリングリストに投稿されたメールの配信を私が許可するか拒否するかの判断基準を明確にして、拒否する場合にはその理由を投稿者に説明できるようにしておくことが必要です。そこで、会員がメーリングリストに投稿してよい情報を、全会員への入会挨拶や異動挨拶、全会員への協力依頼、セミナーの案内、その他の重要情報などに限定する(判断が困難な場合は事務局長の判断を仰ぐ)というルールを設けました。また、見に来ないと投稿を知ることができないという掲示板のデメリットをカバーするために、掲示板に投稿した意見や情報提供依頼への注目を要請するメールもメーリングリストに投稿してよいことにしました。
説明すればわりと単純なこの運用ルールは、実は、すんなりできたものではありませんでした。
まず、全会員へのお知らせ用の“検閲制”メーリングリストと、「メールループ事故などのリスクを覚悟してでも会員からのさまざまな情報の入手を望む」と意思表示した人(募集したら全体の1/3ほどの人数でした)だけに配信する自由討論用メーリングリストとの二本立てにしました。それでメーリングリストのセキュリティ管理の精神的負担は減ったものの、運用の手間は増えました。そこで、私にとって運用の楽な掲示板を自由討論に使ってほしいと要請しました。
それに対しては、「情報が飛び込んでくれるメーリングリストの方がよい」という反対意見がありました。そこで、プロバイダの無料メーリングリストサービスを利用して運用を分担することを提案してくれた人と、それを立ち上げてくれた人がいたので、自由討論用メーリングリストの運用は引き継ぎました。
ですから、実際には、自由討論の場としては、希望者が参加する自由討論用メーリングリストと、全会員が参照・投稿できる掲示板の二つがある状態です。しかし私は、多忙などの理由で自由討論のメールの受信を望まない会員も好きな時に情報を入手できる掲示板の方が良いと思っています。
余談ですが、この運用変更に際して、提供されているサービスは使えて当然と思っているらしい人、要求はしても自分が労力を提供しようとは言わない人など、さまざまな人間模様を見ました。
最近では、自由討論用メーリングリストへの投稿は低調になっています。掲示板への投稿もあまりありません(お知らせ用メーリングリストへの適切な投稿は続いていますが)。しかし私は、この運用変更が会にとってマイナスになったとは思っていません。会に貢献する熱意をもって情報や意見を提示したい人は投稿するはずです。その手段をなくしてはいないのですから。今まではメール送信という手慣れた操作で全会員に情報をプッシュできたけれども、自由討論用メーリングリストが全員宛配信ではなくなり、掲示板だと見てもらえるとは限らないということから、情報を提示することに満足感がなくなったという心理的要因もあるのかもしれません。それならそれで、今まで活発に行われていたように見えていたネットワークコミュニケーションの価値はその程度のものだったということでしょう。
この研究会では、事務局長の尽力で、講師を招いての(あるいは会員が講師に立っての)勉強会が継続的に行われています。私がメーリングリストの提供を始めたきっかけは、先代事務局長が流していた勉強会案内などの連絡メールの配信を手助けしようと申し出たことでした。すなわち、この会は元来、ネットワークコミュニケーションを趣旨としたメーリングリストクラブとして発足したものではありません。それもあってか、会員の中には、メーリングリストで気をつけなければならないことをメールのメッセージからなかなか学んでくれない人もいます。
このような特性の組織のためのネットワークサービスとして、“検閲制”メーリングリスト(メールマガジンでもよいでしょう)とパスワード付きウェブ掲示板の併用は最善のものだと私は思っています。私と事務局長がミスをしない限り、全会員が無駄なメールの受信を強いられることは決してないようになったのですから。
私は、この会に提供するメーリングリストの安全のためにさまざまな工夫を凝らしてきました。しかし、究極の安全策が完成した今、引用行数制限フィルタや、会員がメールループを食い止める非常停止ボタンなどの工夫は不要になりました。今も活きている工夫は、万一私か事務局長がウィルスメールを発信してしまった場合に備えた添付ファイル除去フィルタと、ウィルスメールをメールサーバで拒絶する仕掛け(
第114回、
第125回参照)くらいです。このメーリングリストの提供のおかげで私の技術力は成長しましたが、今後、このメーリングリストのための、これ以上画期的な工夫を思いつくことはおそらくないでしょう。