ごめんください。日本情報処理開発協会からの派遣で参りました、ボランティアアドバイザーの忠野貢です。 |
どうも、お待ちしていました。弁茶技術研究所の張木力男です。よろしくお願いします。 |
どうぞよろしく。さっそくですが、画期的な装置を発明されたとかで。 |
そうなんですよ。他人にアイデアを盗まれないかとひやひやしているもんですから、電話では詳しいことはお話しできなかったんです。誰にも言わないでくださいよ。 |
もちろんです。私どもには守秘義務がありますから。 |
これがその試作品なんですけどね。中にマイクロコンピュータが入ってまして、電話回線につながります。これがプッシュボタンですね。そして、こうしてテレビにつなぎますと、テレビに文字を表示することができます。どうです、すごいでしょう。 |
はあ…。今は1997年だよな… |
は? |
あ、いや、いいです。それを何に使うんですか? |
そこなんですよ。たとえばこの缶コーヒー、100円くらいしますけど、そもそもこれを作るのに100円もかかると思いますか? |
そりゃあ、自分でコーヒー豆を買ってくれば、一杯あたりは安く飲めますわな。 |
そうなんです。野菜だって、農村の直売所へ行ってみれば、びっくりするほど安く買えるでしょう。つまりですな、流通業者がぼったくっているんですよ。 |
いや、その、ぼったくるってのは… |
そこでこの装置の出番です。生産者と消費者がこの装置を持って、情報センターに接続します。生産者と消費者を情報ネットワークでダイレクトに結ぶのです。消費者は直売所にいるかのように品物を選ぶことができる。選んだ品物の番号をプッシュボタンで押せば、注文が伝わる。つまり、これで流通業者の出番がなくなって、消費者は物を今よりもずっと安く買えるようになります。 |
あのー、この装置、いくらするんですか? |
これは試作品ですから、かなりのコストがかかっていますが、量産すれば4万円くらいにできますよ。 |
4万円ねえ… |
どうです?わずか4万円の装置で流通革命を起こせるんですよ。 |
消費者は買うと思いますか? |
もちろんですよ。物を安く買えるようになれば、すぐに元を取れます。まあ、生活費を切り詰めていて、すぐにぽんと買えない家もあるでしょうから、初めのうちはただで配ってもいいでしょうな。 |
その費用はどうするんですか? |
国にかけ合って、補助金を出してもらえばいいでしょう。そもそも、日本の物価が外国に比べてばか高いと言われているのは、国が無策だからですよ。ゼネコンを潤すだけの公共事業なんかより、国はこういうことに金を出すべきです! |
はあ…。かけ合うつてはおありなんですか? |
そういうことも含めてご支援いただきたいと思って、協会にアドバイザーの派遣を申し込んだんですよ。 |
それと、情報センターの運用はどのようにやるおつもりですか? |
そこまでは考えていません。 |
…はあ…。だめですな。 |
なんですと?!何がだめなんですか! |
そもそも、今時、ゲーム機が2万円ほどで買えますよ。実際、ゲーム機を電話回線につないだ電子ショッピングの実験をやっている会社がありますがな、使いにくいです。情報の表示に時間がかかる。ほしいと思う商品の情報が少ない。紙の通販カタログやちらしを見る方がよほど簡単だし早い。このプロジェクトは、来年には失敗します。 |
どうしてわかるんですか? |
それは歴史上の事実…あ、いや、いいです。それにですな、インターネットの動向は調査しておられますか? |
は?あのポルノだらけのネットワークとかいうやつですか? |
…あのですな…。そうですか。ご存じないようですな。NTTのキャプテンなんていう情報ネットワークもありましたがな、結局うまくいきませんでした。でも、インターネットは急成長している。それは、一箇所の情報センターから情報をもらうのではなくて、世界中の物好きが自発的に提供している情報に自由にアクセスできるからなんです。自腹で月3万円以上もの料金を払って、「きまぐれノート」なんて何の役にも立たない情報を発信している物好きな人間もいて、なんとそれを愛読している物好きもいたりしましてな。あ、それは再来年からのことか… |
…? |
あ、いや、いいです。ともかくですな、そういう自由さと、際限のない情報量のおかげで、インターネットは大きく成長したんです。今時、商品の流通に情報ネットワークを活用しようとするなら、インターネット抜きには考えられません。しかし、すでにユーザーを爆発的に増やすことに成功したインターネットにおいてさえ、商品の流通への活用はこれからの課題なんです。まあ、4万円の情報端末で流通革命を起こすというのは、まず見込みがありませんな。 |
こ、こ、こ、ここまで苦労してこの装置を作り上げたのに、私の努力を否定するんですか! |
そうじゃありません。ビジネスのための戦略が重要なんです。流通革命を起こすには、流通業が果たしている役割を理解した上で殴り込みをかけるべきです。生産者と消費者の両方に喜ばれるように情報を仲介してあげるために、両方に足を運んでコミュニケーションを図る行動力が必要です。それに基づいて、情報センターでどのような情報をどのように集め、どのように提供するかという運用方法を考える必要があります。そういうことまで視野に入れておられますか? |
私は技術者ですから、そういうことは私の仕事ではありません。 |
それじゃなおのこと、この装置が売れる見込みはまったくありませんな。 |
じゃあ、私はそういうことはよくわかりませんから、先生がやってくださいよ。 |
私はアドバイザーです。あなたのビジネスパートナーではありません。ビジネスのために何が必要かのアドバイスはしますが、行動するのはあなたですよ。 |
じゃあ、やってくれる人を探してくださいよ。アドバイザーの先生はどなたも人脈が豊富なはずですよね? |
私が申し上げたとおりの理由で、私のつてでは、ビジネスパートナーになろうとする人は誰も現れないでしょうな。 |
そうですか。わかりました。何もしてくれないんですね。じゃあ、もうあなたには頼まない。協会の責任者に言ってやりますよ。もっとまともなアドバイザーを派遣しろってね! |