No.61 2000/08/25
ボランティアという名のただ働き

 福祉や被災者支援などのためにボランティア活動をする人はたくさんいます。でも、赤の他人の営利のために、報酬を求めずにボランティアで働く人はいるのでしょうか?たとえば、親族でも友人でもない他人から「コンビニエンスストアを開店したばかりで、人手もお金も足りないので、無報酬で働いてほしい」と言われたら、あなたは手伝いますか?

 政府の外郭団体と思われる某協会が、ビジネスのノウハウが足りなくて困っているベンチャー企業を無報酬で支援するボランティアアドバイザーを募集しています。つまり、他人の営利のためにただ働きしてくれということです。
 そのボランティアアドバイザー制度とはこうです。大企業で長年働き、専門的な知識があって、ベンチャー企業支援に意欲のある人を募集し、協会で審査し、アドバイザーとして登録する。協会は、ベンチャー企業からの要請を受けてアドバイザーを派遣する。アドバイザーは無償で働く。
 Q&Aのページでは、「ベンチャー企業とアドバイザーとの出会いの場ではない」と明言しています。協会がベンチャー企業にアドバイザーを派遣する、すなわち、アドバイザーに命令する権限を持つという意味のようです。
 協会は、アドバイザーの応募者の実力を審査し、かつ研修を受けさせます。その一方、支援を要請するベンチャー企業の企画が支援を受けるにふさわしいかどうかは審査しないようです(審査すると明言していません)。つまりは、経験の深いアドバイザーがベンチャー企業の企画の将来性を評価して、支援してあげるかどうかを自ら判断する権限は認めない、協会の指図に従ってもらう、なおかつ、報酬は要求するなということのようです。

 協会は、この制度の背景を次のように説明しています。
1.中小・ベンチャー企業は、人材確保が困難であり、経営、財務、販路開拓、技術等に関するノウハウや人脈が不足しがちである。このため、優れた技術を有していても、円滑な事業化が困難であるケースが多く存在すること。
2.高齢化社会の到来に伴い、大企業退職者等の増大が見込まれており、この人々の豊富な知見や人脈はベンチャー企業等にとっては極めて有益なリソースであること。
 それは理解できますが…
3.大企業や退職者にとっても、こうした知見を社会的に有効活用する機会が確保される必要があること。
 退職者が知見を有効活用することによって報酬を得ることは必要ないとでも思っているのでしょうか。
4.米国では、「SCORE(Service Corps of Retired Executives)制度」(中小企業庁が実施)の下、全米各地で退職者等を中心に13,000人ものアドバイザーが活躍していること。
 文化の違いをわかっていないようですね。アメリカには「アメリカンドリーム」という言葉があって、ほとんど誰もやっていなかったことに挑戦しようとする気風があります。だから、元々ベンチャービジネスが盛んです。また、累進課税が日本ほどきつくないこともあって、退職役員(retired executives)には大金持ちが多い。だから、「金なんかいらない。退職後の人生は、若者といっしょにアメリカンドリームを楽しみたい」と言ってベンチャービジネスを支援する人が多く、それを政府が後押しする形でSCOREが組織されたのだろうと思います。
 アメリカで成功している制度の表面的なところだけ真似て、政府機関(に準ずる組織)が音頭をとれば、ただ働きしてくれる退職役員が集まり、その結果ベンチャービジネスが盛んになると思う神経、因果関係を取り違えたこの発想、ボランティアの美名のもとに営利のために人をただ働きさせようという神経――私には理解できません。

 では、ボランティアアドバイザー制度を成功させるにはどうすべきか。私の考えを述べます。
 まず、ベンチャー企業の企画書をアドバイザー全員に公開すること。そして、支援してあげるかどうかを判断する権限をアドバイザー自身に持たせること。これにより、ベンチャー企業にとっては、アドバイザーの獲得競争になります。単に協会に申し込めば支援を受けられるという甘えは通用せず、優れた企画を提示できるベンチャー企業が優れたアドバイザーを獲得できる、いいかげんな企画しか提示できなければ誰も支援してくれないということです。
 また、ベンチャー企業はアドバイザーへの報酬を提示すること。それは成功報酬でもよい。たとえば、「我々がビジネスに失敗したら報酬は払えませんが、成功したあかつきには、株券の10%を譲渡します」という具合。これにより、優れた企画と魅力的な条件を提示するベンチャー企業にはアドバイザーの申し出が殺到するし、アドバイザーは株券の価値を上げるために支援に熱を込めることでしょう。
 アドバイザーが殺到すれば、ベンチャー企業にとっては、アドバイザーを選ぶ権利を獲得できることになります。これにより、いかに優れたアドバイスができるかで、アドバイザーたちに競争原理が働くことになります。
 協会はベンチャー企業とアドバイザーとの“出会いの場”の提供に徹し、ベンチャービジネスの内容の評価は、ビジネスのベテランであるアドバイザーに任せることです。
 こういう発想ができないのは、やはり、ビジネスセンスのない“お役所”だからでしょうかね。

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