有名人の名前なんですが、誰のことかわかりますか?
実は、Charles Chaplin(チャールズ・チャプリン)のフランス語読みです。母国語に強い誇りを持つフランス人は、外国人の名前をこのようにフランス語読みしてしまうという話を聞いたことがあります。本当なんだかジョークなんだか知りませんが、フランス人が英語で話す時に「database」を「ダタバーズ」と言ったということ(
第29回参照)からも、もっともらしく聞こえます。
では、本当にフランス人は英語などからの外来語を片っ端からフランス語読みしてしまうのでしょうか。実は、そうでもないのです。
たとえば、英語の「speaker」はアナウンサーの意味でフランス語に入っていて、フランス語では「スピクール」と発音します。これは、フランス語への音訳としては最適の近似音です。しかし、この綴りを無理にフランス語読みすれば「スペアケール」となるでしょう(これが英語からの外来語だと知らないフランス人はそう読むでしょう)。逆に、「スピクール」という近似音に合わせてフランス語流に綴りを変えるとすれば「spikeur」となりますが、そのように綴りを変えてもいません。
フランス語は、概して綴りが複雑ですが、綴りから発音への対応は英語よりもはるかに規則的です。ほとんどの場合、初めて見る単語でも発音だけはわかるものです。しかし、「speaker」と綴って「spikeur」のように発音する単語は、フランス語の原則からはずれた例外になります。それでも、英語の綴りをそのまま取り入れ、英語の近似音で読んでいるのです。
英語からフランス語に入った単語はほかにもありますが、私が知る限り、どれも同様です。それらを表に示します。
なお、フランス語で使われるアクセント記号付きの文字がブラウザによっては化けて見えますので、補足説明を付けます。
英語 |
フランス語での発音 (近似音) |
英語綴りのフランス語読み |
発音に合わせたフランス語綴り |
album |
アルボム |
アルバン (ンは鼻母音) |
albomme |
beefsteak |
ビフステック |
ベエフステアック (かなり無理な読み) |
bifstèque (bifsteque; eの上に`) |
drugstore |
ドルグストール |
ドリュグストール |
drogstore |
speaker |
スピクール |
スペアケール |
spikeur |
weekend |
ウィケンド |
ヴェエカン (ンは鼻母音) (かなり無理な読み) |
ouikënde (ouikende; eの上に¨) |
でも、私は、英語からそのままの綴りでフランス語に入っている単語はこのくらいしか思い出せません。綴りと発音の対応がフランス語としては例外的であっても、数が少ないから覚えるのに苦にならないのです。もしこのような外来語が増えたら、例外だらけになって、覚えるのに苦痛になるでしょう。
では、特に発展の著しいコンピュータ技術の分野では、アメリカから英語で輸入される用語をどうしているのか。実は、そのまま片仮名語にして取り入れる日本とは違って、フランスでは翻訳して取り入れているのです。たとえば「database」(元は「データの基地」の意味)は「archivage de données (donn
ees;
eの上に
´)」(アルシヴァージュ・ドゥ・ドネ:データの保管庫)という具合です。このように、母国語の純血性を保とうとするフランス人の国民性ゆえに、綴りと発音の対応の規則性が保たれているのです。
さて、もしフランス語にたくさんの外来語が入ったら綴りと発音の対応が例外だらけになるだろうと述べました。実は、英語はこれが起こってしまった言語なのです。英語は、歴史上、いろんな言語が混血してできたものなので、綴りと発音の対応規則が何通りもあり、辞書を引かなければ読み方に確信を持てない単語が多いのです。それが、英語の特性の中で学習者に最も負担をかける面です。
その一方、英語がほかのヨーロッパ言語に比べて学習しやすい面は、名詞や形容詞に男性・女性の区別がないとか、動詞の人称変化が三人称単数現在形以外はない(be動詞は例外)など、文法が簡単なことです。おそらく、綴りと発音の対応のむずかしさに学習の負担がかかる分、文法面の複雑さを捨て去った歴史を持つのが英語なのでしょう。
英語は、文法は簡単だが、綴りと発音の対応がむずかしい。フランス語は、綴りと発音の対応は英語より簡単だが、文法は英語よりも複雑。スペイン語は、綴りと発音の対応はフランス語よりももっと簡単だが、動詞の変化がフランス語よりももっと複雑。日本語は、発音は簡単だが、文法や敬語表現の規則がむずかしい。でも、不規則動詞(国文法でいう変格活用)はきわめて少ない。結局のところ、人間の能力はどこの国の人もそう違わないのだから、どの言語も総合的なむずかしさはそう違わない。英語と日本語ではどちらが簡単な言語かなどという議論は無意味ではないか――と私はそう思っています。
なんだか、「シャルル・シャプラン」からとりとめのない話になってしまいました。(_"_)