No.29 2000/01/15
日本語訛りで何が悪い!

 第28回で、「ear」と「year」の発音の区別が日本人にはむずかしいという話を述べました。今回は、「その区別ができなくて何が悪い!」という逆説的なことを述べます。

 ずいぶん前に読んだ「なんで英語やるの?」という題名の本にあったことです(著者は女性ですが、名前は覚えていません)。
 著者は、あるアメリカ人にマンツーマンで英語を習っていました。その教師の教え方というのが、英語の本を朗読させ、ちょっとでもとちったら最初からやり直させるというものでした。著者は、「squirrel」(リス)の所で何度もやり直しをさせられました。著者は、すでに高い英語力を持っていたようで、「どうしてこんなことを何度もやらせるんですか!」と英語でくってかかったそうです。しかし、教師は、きょとんとした顔で「だって、僕が聞いてわからないのだから、それは英語ではない」と言ったそうです。
 「squirrel」は、日本人にとって、英語ネイティブとそっくりに発音することが特にむずかしい単語です。著者は、何度もやり直しをさせられ、ある日突然、その部分をすらすらと読み進むことができました。そして本を最後まで朗読し終わった時、教師は「あなたの英語は完璧だ。もう僕が教えることは何もない」と言って部屋から出て行ったそうです。
 その本の内容はほとんど忘れてしまいましたが、その部分だけは覚えています。そのような教え方に対して、著者は批判的に回顧してはいませんでしたが、私は反感を覚えたからです。アメリカ人が他国語訛りの英語を理解する努力なしに聞き取れるような発音を日本人に求めることに、何の意味があるのでしょうか。
 また、高校時代に英語の授業で読んだ、イギリス人が書いた本には、「freshman(新入生)がflesh man(肉男)と聞こえてはお笑いぐさだ」とありました。今は、私はそれに反論します。「こちとら、てめえらの言語を勉強しててめえらに合わせてやってるんだ。lかrかぐらい、こっちがあいまいな発音をしたって、前後関係でわかるだろう。てめえらも、こっちの言語の訛りを知って歩み寄る努力くらいしろってんだ。」

 第28回でも触れましたが、私の経験では、科学技術分野の交流で日本を訪れる外国人は、l音とr音の区別が下手な日本人の発音でもちゃんと聞き取ってくれるものです。教養の高い外国人は、他国語訛りの英語を理解するこつをわきまえているのです。
 フランソワーズ・モレシャンさんは、フランス語訛りばりばりの日本語で「日本人が外国語を話す時も、日本語訛りでいいのです」と言っています。国際コミュニケーションとはそういうものです。

 国際共通語として英語を話す人々には、日本人に限らず、国ごとの訛りがあるものです。たとえば、th音が苦手でs音やz音になりがちなのは日本人だけでなくてフランス人もそうらしいですし、国によっては有声のth音がd音になるタイプの訛りもあるようです。そのようなさまざまな訛りが世界各地にあるのだということを心得ておく必要があります。イギリスあるいはアメリカの発音が正しい発音だと思い込んでいると、英語国民でない人が話す英語がわからないこともありえます。
 また、母国語に影響された癖というものもあります。以前、会社にフランス人技術者が見学に来て、私がその人と英語で話した時のことです。その人も、私同様、さほど英語はうまくなくて、フランス語訛りの英語を話していました。その人が話す英語に「ダタバーズ」という語が現れました。私は、それが「database」の綴りをフランス語読みしたものであることにすぐ気付きました。また、「for example」(たとえば)と言うべきところを「by example」と言っていましたが、それがフランス語の「par exemple」(パーレグザンプル)の直訳であることがすぐにわかりました。
 私はフランス語会話は挨拶程度しかできませんが、相手の母国語を少しでも知っていたことが、英語でのコミュニケーションに役立ったのです。
 英語だけでなく別の外国語を少しでもかじっておけば、他国語の訛りや癖を伴う英語を許容する力が身に付くものだと思います。

 最後に、日本語による国際コミュニケーションについても触れておきます。
 欧米人に英語で話しかけられたら尻込みするくせに、発展途上国から来たと思われる人にたどたどしい日本語で話しかけられたら「ええい、言ってることがわからんなあ」といらいらして傲慢な態度をとる人はいませんか?それは恥ずかしいことです。
 相手が不自由な日本語で話しているなら、なるべく簡単な日本語を使って、相手の言いたいことを確認してあげるようにしてください。また、道を教える時などには、
「こっちをずっとまっすぐ行ってですねえ、信号を右に曲がったとこですよ。」
というような、我々が普通に話す言い方でなく、
「こちらの方向へまっすぐ歩いてください。信号がある交差点で右に曲がってください。そこですぐに見えます。」
というような、フォーマルで簡単明瞭な日本語で話してあげるのが親切でしょう。
 国際コミュニケーションとは、外国語を話すことではありません。自国と違う言語や文化を持つ人を理解し、また、相手にも自分を理解してもらうよう努めることです。それは、国際共通語として英語を使うか日本語を使うかに関係のない、重要な基本です。

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