No.139 2002/10/28
右ってこっち!

 第69回第70回で、「右という向きを普遍的に定義する方法はあるだろうか」という考察を述べました。普遍的とは、「南を向いたときの西の向き」とか「人体の心臓がある側の反対の向き」というような定義方法ではありません。地球という特定の天体や、人間という特定の生命体の存在を前提としない、異星人にも通用する定義方法です。
 そんなことを考えて何になるのかとも思っていましたが、現代科学はちゃんとその解答を出してくれていました。

 吉田伸夫氏のサイトの「質問集」のページに、わかりやすく解説されています。
 私が「右」の定義にフレミングの法則を利用しようと試みて破綻したとおり、電磁気学などの古典物理学では「右」を普遍的に定義する方法はないそうです。その定義のためには、左右非対称の物理過程を利用する必要がありますが、現代科学で知られているその唯一のものは「弱い相互作用」という素粒子反応。その相互作用によって引き起こされる「ベータ崩壊」は、原子核から電子を放出して原子番号が一つ大きい原子に変わる現象で、そのとき放出される電子は、磁界の逆向きに多く放出されます。

 吉田氏の説明を私流に書いてみると、次のようになります。(なお、第70回で述べたとおり、「上」と「前」の向きが決まらなければ「右」の向きは決まりませんが、「上」と「前」はそこで述べたとおりにすでに定義されているものとします。)

 上にも前にも直角な二つの向きのうち、ベータ崩壊を起こす原子核の前で上向き(または後ろで下向き)に流れる電子流によってその原子核に磁界がかけられたときに、ベータ崩壊によって原子核から放出される電子が向く確率が高い方の向き。

 また、私はDNAのような分子の螺旋構造から「右」を定義する方法の可能性についても考えましたが、そのヒントになることも吉田氏のページに書かれていました。
 アミノ酸などの有機分子には、互いに鏡像関係にある「L体」(左巻き)と「D体」(右巻き)があります。「弱い相互作用」の結果として、アミノ酸分子のL体はD体よりもエネルギーがわずかに低く、生物はL体のアミノ酸しか使っていないのだそうです。ということは、「エネルギーが低い方のアミノ酸分子」の原子間結合の方向を使って「右」を定義することもできそうです。
 なお、野依良治博士は、L体とD体の有機分子を生産し分ける方法の開発で2001年にノーベル賞を受賞しました。

 ということで、「右ってどっち?」という一見くだらない疑問が、私にとっては現代科学の知見の一端を学ぶきっかけになったのでありました。

目次 ホーム