No.136 2002/09/28
プロ

 数年前に職場の同僚(といっても年長者)のSさんと雑談していた時のことです。Sさんはこんなことを話題にしました。「腕の良い医者でも、自分の肉親を手術することはとてもできないものらしいですね」。間髪入れずに私は応答しました。「あ、そんなのプロじゃないです」。
 私は、多くの医師がそういうものなのかどうかはよく知りませんし、自分の肉親の手術をする医師の実例を知っているわけでもありません。しかし、真にプロとして尊敬すべき医師は、患者の人生を背負う覚悟で治療にあたるであろうし、だから自分の肉親を手術することも、ほかの患者に対するのと同じようにできるはずだ。私はそう思っていたのです。
 後日、Sさんは、「あの時は、『へえ、そういう考え方もあるのか』と驚きました。良い勉強をさせてもらいました」と言っていました。「ははっ、恐れ入ります。」

 そんなことを思い出したのは、先日、手塚治虫氏の漫画「ブラック・ジャック」の復刻版を買って読んだのがきっかけでした。私も昔、断片的には読んだことがあるのですが、「ブラック・クイーン」というストーリーは初めて読みました。
 ブラック・ジャックは無免許の外科医。天才的な腕を持つが、法外な報酬を要求する冷酷な医者と思われている。
 女性外科医・桑田このみは、手足の切断手術を平然とこなし、むしろその仕事を楽しんでいる。その姿が冷酷に映り、周りからは「女ブラック・ジャック」「ブラック・クイーン」とあだ名されている。
 このみの恋人が、脚を切断せざるをえないほどの怪我を負った。切断しかないとわかっていても、このみは恋人にはそれができない。たまたま訪問したブラック・ジャックに問う。
「失礼ですけど、あなたにもし恋人がおありでしたら、その恋人の命にかかわる時、あなたは遠慮なく手でも足でもお切りになる?」
「切りますね。」
「自分の命より大事な恋人の体でも?」
私は医者ですよ。医者の診断に恋人もイカの頭もありませんな。
 事情を知ったブラック・ジャックは、鎮静剤と偽って睡眠薬でこのみを眠らせ、その間に恋人の脚を、切断せずに手術で治してしまう。
 恋人が脚を失わずにすんだことに感謝したこのみが、恋人に対するのと同じ愛をもってほかの患者の治療にもあたろうと決意することを暗示して、この物語は終わります。医学博士でもあった手塚氏の人間愛が、ブラック・ジャックの冷徹な言葉を通して語られていました。これを読んで、私はSさんとの雑談を思い出したのでした。

 プロ意識で思い出したもう一つのエピソード。1970年代のことだったと思います。イギリスのエリザベス女王が来日され、近鉄の電車で名古屋から伊勢まで往復されました。女王は運転士に「とても快適な旅行でした」とプレゼントを渡されました。国賓を乗せるという大役を担った運転士は、「私はいつもこれほど真剣にお客様を運んでいただろうかと反省しました」と語っていました(新聞記事のうろ覚えですが)。
 プロ中のプロなら、「女王様も天皇陛下も、いつでもお乗りください。私はお客様の命を預かるプロです。いつもどおりに仕事をするまでです」と言うことでしょう。でも、その運転士も、「彼なら大丈夫」と選ばれながらも反省を忘れない、立派なプロだったと思います。

 プロとはこうありたいものです。さて、自分はどうかな… (--;)

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