日本では、コンピュータ技術用語の大部分を片仮名語として取り入れています。それが、コンピュータを学ぶ人の戸惑いの原因になっていると思います。
数少ない見事な訳語の一つは「割り込み」です。これは
interruption(中断)の訳語です。人が仕事中に電話のベルで割り込まれるように、プログラムに従って動いていたコンピュータが中断信号によって優先度の高いプログラムの実行を始めるという動作のことです。このような訳語は多くありません。かつて「算法」(アルゴリズム)、「算譜」(プログラム)、「帳」(ファイル)といった訳語を提案した人がいましたが、定着しませんでした。
それに比べてフランス語では、多くのコンピュータ技術用語の訳語を作っています。以下は、私が1983年にフランス人技術者から教えてもらったものです。
英語の技術用語 |
フランス語の訳語 |
読み |
訳語の元の意味 |
hardware(ハードウェア) |
matériel |
マテリエル |
機材 |
software(ソフトウェア) |
logiciel |
ロジシエル |
論理物 |
database(データベース) |
archivage de données |
アルシヴァージュ・ドゥ・ドネ |
データの保管庫 |
このようなフランス語のコンピュータ技術用語は、辞典にすぐに載るわけではないので、日本にいてはなかなか知ることができません。私は、「インターネット」はフランス語でどう言うんだろうかと思っていました。
inter-はフランス語にもある接頭辞で、「ネット」は
réseau[レゾー]というので、
interréseau[アンテレゾー]という訳語でも作っているのだろうかと考えていました。
昨年(2000年)、フランスの技術者Aさんの訪問を受けた機会に訪ねてみました。答えてくれたのは「アンテルネット」。え?
英語の
internetという綴りをそのまま取り入れているようです。接頭辞
inter-はフランス語の読みのまま「アンテル」(
inは、「エ」よりもやや「ア」に近い口つきで声を鼻に抜く鼻母音で、「アン」と聞こえます)。
netは英語と同じように「ネット」と読むのだそうです。フランス語では、語末の単独の
tは無音になるのが原則なので、これはフランス語の発音としては例外になります。つまり、フランス語と英語のチャンポン読みです。
「フランスでは英語を翻訳するのではありませんか?
matérielとか
logicielとか」と尋ねたら、Aさんはこう言っていました。
「かつては、大臣の政策でそうしていたのです。今は、その時の大臣は亡くなって、状況が変わっています。アメリカから輸入したコンピュータシステムのマニュアルは、厚さの総計が何メートルにもなります。それを全部フランス語に翻訳しないと販売してはいけないというのでは、商売になりません。業界から訴えたら、政府はしかたなしにmust(しなければならない)からstrongly recommended(強く推奨される)に譲歩しました。今は英語そのままの用語が増えていますよ。」
その気になってフランスのサイト(たとえば
ここ)を見てみると、最新のコンピュータ技術用語には、「ダウンロード」を訳した
télécharger[テレシャルジェ]、英語をそのまま取り入れた
plug-in(読みは「プルグ・イン」だそうです
(*))など、いろいろあるようです。
(*) plugのuの、フランス語での近似音は、neuf[ヌフ](数9)のeuと同じ。「オ」と「エ」の中間音で、日本語では「ウ」で近似しますが、口の開きがやや大きいので「ア」にも聞こえるというややこしい母音です。
さて、「インターネット」をフランス語で「アンテルネット」と言うことを知った後、ある時ふと、
OCNの「コミ・デ・プラン」(インターネット料金と電話料金がいっしょになった料金プラン)のテレビCMを思い出しました。マリー・アントワネットの格好をしたタカラジェンヌが「私はマリー・インターネット」と言うものです。
もしかしてこれは、フランス語の発音で「マリー・アンテルネット」と言えばフランス人にもウケる駄洒落でしょうか?今度Aさんに会ったらきいてみようっと。
(2001年8月24日追記) Aさんが来日したので、きいてみました。ウケました。