No.101 2001/08/12
"The Internet is not a network."

 標題の英文を「インターネットはネットワークではない」と訳すとおかしなことになりますが、不定冠詞aを無視しないでください。「インターネットは“一つのネットワーク”ではない」という意味です。日本でインターネットの商用サービスが始まって間もない1994年に、私がインターネットについての講演を頼まれた時に、「インターネット」の正しい意味を理解してもらうために挙げた英文です。
 そのさらに少し前、日本でインターネットが広く知られ始めたころ、「インターネット」を「世界最大のパソコンネット」と解説していた新聞記事がありました。私は「おいおいおい…」と思ったものです。そのころ、今はなき「アスキーネット」をはじめ、「なんとかネット」という名前のパソコン通信サービスがいくつもありました。インターネットもそのようなパソコンネットと同列のもので、「インターという名前のネットワーク」だと思う人が、マスコミ関係者にもいたのです。
 「international networkの略」と思っている人もいました。あるパソコン技術誌で、長年コンピュータ技術に携わっていて尊敬を集めている人がそう書いていたのです(いつのことかはよく覚えていませんが、1990年代後半でした)。それも違います。

 inter-は「相互間」という意味の接頭辞です。たとえばnationalは「国家の」という意味で、これにinter-が付いたinternationalは「国家相互間の(国際の)」という意味になります。
 networkは、元々は「網状の構造」、あるいはそれを作り上げるという意味です。放送網、通信網、電気回路網などの意味があります。これにinter-が付いたinternetworkは「ネットワーク間を相互接続した構造」(あるいはそれを作り上げる)という意味になります。つまり、「相互接続されたネットワーク群」です。通信網の意味ではnetworkはしばしばnetと略されますから、短くinternetともいい、これが広まりました。我々が普通に言う「インターネット」の意味では、英語では固有名詞扱いになって先頭を大文字で書き、さらに「この世に唯一の」という意味で定冠詞を付けてthe Internetといいます。
 今では「インターネット」の正しい意味を知っている人が増えていると思いますが、知らない人はまだいるようです。私が非常勤講師を務めている大学でも、「私もinternational networkの略だと思っていた」とレポートに書いていた学生がいました(このように、新しいことを知った喜びを率直に書いた学生には、私は良い成績評価を付けました)。このような不正確な思い込みの原因は、英語を片仮名語として取り入れていることにあります。英米人なら、inter-が一単語でなく接頭辞だということは誰でも知っていますから、internetは「ネット間の相互接続」の意味だとわかるでしょう。日本人には、「インターネット」という片仮名語を見てもそれがわからないため、「インターという名前のネットワーク」と思ってしまいやすいのです。
 では、ほかの国ではどうでしょうか。中国語では「網絡」と訳されているようです。つまり「ネットのつながり」です。これはうまい訳だと思います。我々もこの漢語を知っておくと、「インターネット」の意味を正しく理解することができるでしょう。

 さて、インターネットが“一つのネットワーク”ではないのなら、“一つのネットワーク”とは何でしょうか。元々は、IPアドレスにはネット番号の桁が決められていて、原則としてネット番号が割り当てられる単位が一つのネットワークでした。しかし、インターネットの増大と技術の進歩により、その原則はもはや崩れています。ドメイン名も、必ずしもネットワークの単位を識別するものではなくなっています。
 私流に説明するなら、一つのネットワークとは「一つの組織が統括的な権限と責任をもって、ほかからの強制的な介入を受けることなく独立して構築・運用する範囲のネットワーク」です。ある企業のイントラネットは一つのネットワーク、あるプロバイダのネットワークも一つのネットワークです。
 もしあなたが単独のパソコンをプロバイダに接続するなら、あなたのパソコンはその時そのプロバイダのネットワークに属することになります。しかし、あなたがLANを所有して自分で管理しているなら、それは一つのネットワークです。
 私のGabacho-Netも、OCNが管理するIPアドレスとOCNのサブドメイン(gabacho-unet.ocn.ne.jp)を割り当ててもらっているとはいえ、OCNの一部ではなく、一つの独立したネットワークです。私がどのようにLANを組み、サーバをどのように運用するかは私の自由であって、OCNは私のシステムを操作する権限を持たないからです。権限を持たないということは、責任を負わないということです。私の自由ということは、私がGabacho-Netというネットワークの運用に権限と責任を持つということです。私がウェブサービスを提供することも、外出先からサーバを操作できるようにするという危険度の高い運用をすることも、私の自由。もしそのセキュリティホールを突かれて私が被害を受けても、OCNの責任を問うことはできません。もし私のサーバが侵害されてよそへの攻撃の踏み台に使われたら、私が被害者に対して責任をとらなければなりません。私は“一国一城のあるじ”なのですから、それだけの責任を背負っているのです。
 一般のインターネットユーザーにとっては、「インターネットは一つのネットワークではない」などということはどうでもよいことに思えるでしょう。ともかくメールは世界中どこへでも届き、世界中どこのウェブサイトにアクセスすることもできるからです。単に「使う」という観点からは、インターネットは一つのネットワークに見えます。しかし、「運用」という観点からは、インターネットはあくまでも一つのネットワークではなく、「ほかの誰からも強制的な操作を受けない独立した個々のネットワークの集合体」なのです。

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