No.90 2001/04/29
酒に頼るな

 2001年4月20日の読売新聞朝刊にこんな記事がありました。その一部を引用します。
酒席拒む部下はいないか!! いたら飲ませなさい
九州郵便局が文書指導
 上司と部下の一杯は職場改善に有効?――。九州郵便局(熊本市)が、上司と酒席を共にしない職員を問題視し、“改善”を指導する文書を管内の郵便局などに配っていたことがわかった。職員からは「そこまで言われる筋合いはない」と反発の声も出ている。
 その指導文書は、九州郵便局がサービス改善のために出したもので、「サンダル履きはいないか」「電話のベル三回以内に受話器を取っているか」などのチェック項目が載っているそうです。そういうのは大変けっこうなこと。サンダル履きは、だらしない印象を客に与えることが考えられますし、作業上危険なこともあります。電話に素早く出るのも、良いサービスのために重要なことです。
 ところが、それと並んで「故意に管理者と酒席を共にしない職員がいないか」というのもあるのだそうです。なんとまあ、とんちんかんなチェック項目です。

 「部下に酒席を拒ませるな」などという通達の最も重大な問題は、労働者の権利保護に対する意識の欠如です。勤務時間外の労働者の行動は、労働者の自由です。決められた勤務時間を超えて労働者を拘束するには、雇用者(会社など)は、労働協約に基づいて命令を出し、その分の手当を支払わなければなりません。もちろん、私的な行動として上司の誘いに応じて酒を飲むのは自由です。しかし、それを「雇用者側から命令せよ」と言っているかのように受け取られる公的な通達を出すというのは、異常な神経と言わざるを得ません。
 次に私が指摘したいのは、酒を飲めない人に対する配慮の欠如です。酒を飲めるかどうかは、人それぞれの体質によります。飲める人、少ししか飲めない人、まったく飲めない人がいます。まったく飲めない人は、先天的にアルコール分解酵素をまったく持たない人です(欧米人にはほとんどいないそうですが、アジア人には少数ながらいます)。少し飲める人は、長年少しずつ飲むことである程度強くなれます(私もそのタイプです)が、まったく飲めない人は、努力しても飲めるようにはなれません。飲めない人が酒の席で「飲め」と無理強いされることは、命に関わる危険なことなのです。そういう人への思いやりがまったく欠如しています。

 ある程度以上飲める人たちにとっては、飲むことは職場の親睦のために良いことです。アルコールによって大脳新皮質(理性をつかさどる部分)が適度に麻痺すれば、日ごろ言いにくい本音の話を出すことができて、それが人間関係を良くするのに役立つことがあるからです。
 しかし、時としてそれは逆効果になります。 このようなことがあれば、人間関係を悪くします。酒席について通達するならば、酒席を拒む部下の存在をどうこう言うよりも、このような注意点に言及すべきです。

 職場の人間関係を良くしようとする通達ならば、「酒を飲め」でなく、もっと重要なことがあります。それは、職場の中でのコミュニケーションの活性化です。そのためには、職場のリーダーが配慮しなければならないことがいろいろあります。上司と部下とでは、部下の方が弱い立場です。強い立場の人が弱い立場の人に歩み寄ろうとしなければ、良いコミュニケーションは生まれません。
 以下に挙げるのは、私が職場のコミュニケーションを良くするために実践していることです。私が率いるチームでは、いっしょに酒を飲みに行くことはめったにありませんが、人間関係は非常にうまくいっています。たぶん、九州郵便局では、このようなチェック項目は通達していなかったでしょうね。世の管理職の皆さん、胸に手を当ててよーく自分を振り返ってみなさい。
  1. 部下が何かを言いに来たら、自分の作業を中断して、相手の方を向いて話を聞いているか。手が離せない時には、「5分待ってくれ」のように、後で聞く約束をしているか。
  2. 相手が話をしている時に、話の腰を折らずに最後まで聞いているか。
  3. 部下が何かを訴えた時、「それは君が間違っている」と言う前に、「なるほど、君はそう考えるのだね」と受け止めているか。
  4. 苦しんでいる様子の部下がいないかどうか気を配っているか。いたら、自分の方から歩み寄って「困っていることはないか?」と声をかけているか。
  5. 部下がお客様(広い意味で、自分たちの成果を利用する人たち)を最優先に考えて自発的に行動するよう奨励しているか。「お客様第一、上司は二の次」と教えているか。
  6. 部下の自発的な行動を尊重しているか。もし部下の自発的な行動に間違いがあり、それをただす場合も、自発的に考えて行動したこと自体は良いと認めているか。

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