No.78 2001/01/13
"My name is Asami Hideo."

 日本人が英語などのヨーロッパ言語を使って外国人に対して名乗る時、姓名をひっくり返すのが普通でした。私の氏名「浅見秀雄」の場合は「My name is Hideo Asami.」という具合です。欧米人が日本人の名前を呼ぶ時もそのように言います。欧米人は名・姓の順に名乗るのだから、日本人の氏名をもそのように呼ぶのは当然だと思っている人がいるかもしれません。
 ところが、毛沢東は「Mao Zedong」(マウ・ヅェドゥン)または「Mao Tse-tung」(マウ・ツェトゥン)として英語の辞書に載っています。つまり、欧米人は世界中の人を名・姓の順で呼んでいるわけではないのです。中国人は欧米に対しても姓・名の順で名乗っているから、欧米人はそのとおりに呼んでいるのです。日本人を名・姓の順で呼ぶのは、日本人がそう名乗っているからそれに合わせているのであって、欧米人が自分たちの流儀を日本人に対しても押し付けているわけではないのです。

 なぜ日本人は外国に対して自分の氏名を名・姓の順で名乗っているのでしょうか。歴史をさかのぼると、開国のころに、外交文書にローマ字で署名する際に姓・名の順で書いた人と名・姓の順で書いた人がいたそうです。そのころは、鹿鳴館に代表されるように、何でもかんでも欧米の真似をしようとする風潮がありました。だから、氏名の名乗り方まで欧米を真似た名・姓の順の方が定着したのだろうと私は推測しています。

 外国に対して母国語とは違う名乗り方をしているのは日本人くらいのもののようです。確かに、日本人がたとえばアメリカに移住してアメリカ国民として生活する場合は、名・姓の順で名乗らなければ不都合です。しかし、日本国民として外国人とコミュニケーションをする際に姓名をひっくり返して名乗るのが合理的なことなのでしょうか。
 実は、英語などのヨーロッパ言語を使って日本の情報を発信しようとする時、姓名をひっくり返すことに徹しようとすると、やっかいな問題が起こるのです。
源頼朝(みなもとのよりとも)
平清盛(たいらのきよもり)
紀貫之(きのつらゆき)
この例のように、文字には現れないけれども姓と名の間に助詞「の」を入れて呼ぶ歴史上の人物がいます。英文で紹介する時にどうするんでしょうか。  「の」が入るのに相当する氏名はヨーロッパにもあります。レオナルド・ダ・ヴィンチ(イタリア)の「ダ」、シャルル・ド・ゴール(フランス)の「ド」は「の」の意味の前置詞です。じゃあ、「の」を翻訳して、英語でなら「Yoritomo of Minamoto」とでも書きますか?それは、日本で「ゴールのシャルル大統領」と呼ぶようなものです。
 ほかの国の人々がしているのと同じように、自国で名乗っているのと同じように外国に対しても名乗る、外国にもそれを承知してもらうというポリシーをとれば、こんなややっこしいことにはなりません。源頼朝は日本語のとおりに「Minamoto no Yoritomo」と書けばすむのです。

 日本人は母国語で名乗っているとおりに外国に対しても姓・名の順で名乗ればよいという考え方の人たちは昔からいました。学習しやすいように作られた人工言語・エスペラントを使って国際コミュニケーションをしているエスペランティストと呼ばれる人たちがそうです。エスペラント語は、主にヨーロッパ言語をベースとしていてローマ字を使いますが、どの国の文化からも中立であるというポリシーがあります。ですから、日本のエスペランティストは、名乗り方をヨーロッパ流に合わせるのでなく、姓・名の順で名乗っています。
 このような考え方が目立ち始めたと私が感じたのは、インターネット技術が日本でも知られるようになってきた1990年前後だったと記憶しています。電子メールアドレスをたとえば「asami.hideo@….co.jp」という具合に姓・名の順にするケースは、そのころからけっこうありました。
 また、息子(現在高校生)が中学の時に使っていた英語の教科書では、日本人が名乗る例文を「My name is Kato Ken.」と姓・名の順にしていました(しかし、すべての教科書でそのように統一されてはいないようです)。

 おそらく、日本人が外国に対して氏名をどう名乗るかは、国語関係者の間で最近大きな議論になっていたのでしょう。昨年(2000年)の12月に、国語審議会から「外国に対しても姓・名の順で名乗るべし」という答申が出ました。
 しかし、今までは名・姓の順で名乗るケースが圧倒的でしたから、これから順序を変えては混乱を招くおそれがあります。私が「Asami Hideo」と署名すると、欧米人には「姓がHideoで名がAsami」と間違えられることがあるでしょう。そこで、答申では、姓の方を大文字で書く(例:ASAMI Hideo)、姓の後にコンマを打つ(例:Asami, Hideo)という方法を推奨しています。これらは、姓名をひっくり返すのが当たり前と思われていたころから姓・名の順で名乗りたいと考えた人たち(私もそうです)が試みていた方法と同じです。
 なお、欧米でも、「Washington, George」という具合に、姓・名の順で表記することがあります。電話帳などでは、その方が検索に便利だからです。姓の後にコンマを打つのは、それを真似た方法です。
 私はどうしているかというと、会社の名刺の裏面の英文表記は「Asami Hideo」にしています。外国人に渡す時に、必要ならば「"Hideo" is my given name.」と説明すればよいと思っています。
 電子メールの差出人アドレスの本名欄も「Asami Hideo」にしています(漢字を使っていないのは、外国人に送ることもあるからです)。一方、外国人宛の英文メールに使う署名では、「ASAMI, Hideo」と、大文字とコンマの両方を使っています。外国人には不自然に見えるかもしれない書き方をわざとすることによって、差出人アドレスにある「Asami Hideo」が、多くの日本人がしてきた名・姓の順の名乗り方ではないと気付いてもらうことを意図してのことです。

 国語審議会からの答申が出たことにより、今後、パスポートなどの公文書をはじめ多くの場面で、日本人名のローマ字表記は姓・名の順の書き方に切り替えられていくでしょう。それは、何でもかんでも欧米の真似をするのをよしとしてきた鹿鳴館時代からの風習から脱却して日本の文化を外国にも正しく理解してもらうことにつながることであり、喜ばしいことだと私は思っています。

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