No.58 2000/07/16
学生に贈る言葉

 私は、某大学の工学部で非常勤講師として「コンピュータネットワーク」という科目を担当して、インターネット技術の基礎を教えています。
 先日、今年度の最後の授業を終えました。その時に学生に贈った言葉です。

情けは人のためならず
 「情けをかけてやることは人のためにならない」と解釈しがちですが、それは間違いです。「親切は他人のためではない」が正しい現代語訳です。それは、「他人への親切は自分のためだ」という意味です。
 国語辞典には、「他人に親切にすれば、その恩は巡り巡って自分に返ってくる」と書かれていますが、私は、それもちょっと違うと思います。人に尽くすことは、いずれ返ってくる恩を期待してやることではない。人に尽くすことそのものが自分を高める行為なのだと私は思っています。
 私は、若いころ、自分の満足のいく仕事ができることが自分にとって最も重要だと思っていました。今は、それは間違いだったと思っています。まず他人のことを考え、他人を幸せにするために働くこと。そうすることが、見返りを待つことなく、すぐに自分の喜びになるのです。それは、「人々のお役に立っている」という喜びです。
 皆さんの多くは、エンジニアとして社会に巣立たれるでしょう。エンジニアの役割は、自分の技術力を駆使して、人類の幸福に役立つ仕事をすることです。

ボランティア精神
 ボランティアとは、志願者という意味です。命令によらずに自発的に行動する人のことです。必ずしも無料奉仕の意味ではありません。給料をもらいながらする仕事でも、ボランティア精神は大事です。
 インターネットがこれほどまでに広まったのは、世界中の技術者たちのボランティア行動によるものです。ボランティアと言われるゆえんは、インターネットの技術に興味を持った技術者たちが、それが世の中に役立つと信じ、自分はどのようにみんなのために役立つことができるかを自発的に考え、貢献する相手からの見返りを求めることなく行動したことです。
 インターネットの成功は、上からの命令によるものではない、若い人たちの自発的行動が世の中を大きく動かす時代になったことを物語っています。自発的な仕事のしかたとは、単に上司から命令されてやるのではなく、自分の成果を利用してくださるお客様を幸せにすることを第一に考えて行動することです。

後生畏るべし
 論語にある孔子の言葉で、「若者は大きな力を発揮する可能性を秘めているから、年下の者には敬意を持つべきだ」という意味です。私の大好きな言葉です。
 これからの時代でビジネスを成功させるには、「俺について来い。俺の言うとおりにやれ。よけいなことをするな」という「機関車型」のリーダーではだめです。すべての車輪にモーターが付いている「新幹線型列車」のような組織が成功する時代です。リーダーの役割は、すべてのモーターが協調して動くことによって列車を推進させる大きな力になるようにコントロールすることです。そのために、リーダーは、「部下も我が師」という気持ちで、自分にない力を持つ若者に対して敬意を持つべきです。
 皆さんもいずれ組織のリーダーになる時が来ます。その時に、この言葉を思い起こしてください。

今時の若い者は…すばらしい
 「後生畏るべし」とは正反対に私が大嫌いなのが、年寄りが「今時の若い者は…」と若者を批判する言葉です。
 なぜ年寄りがよくこのような言い方をするのかというと、一つには、新しい価値観についていけないことが挙げられます。もう一つは、昔の悪い記憶を忘れようとして、良い思い出だけを反すうするという人間の心理です。だから、今よりも昔の方が良かったかのように錯覚するのです。
 「今時の若い者は…」という批判は、いつの時代にも年寄りが口にしてきた言葉です。数千年前の古代の遺跡からも見つかっているという話もあるくらいです。もし、年寄りがそう感じるのが正しくて、どの時代もその前の時代よりも悪くなっているのであれば、世の中は太古の昔からどんどん悪くなり続けてきたはずです。そんなことはありません。良くなってきています。確かに、今、環境破壊など、昔にはなかった問題が出てきています。しかし、人類は必ずそういう問題を乗り越えていきます。
 阪神淡路大震災や福井県沖重油流出事故などで、気負いなく、恩着せがましくなく支援に行く、ボランティア精神あふれる若者が増えてきています。私の若いころは、決して当たり前のことではありませんでした。人間は着実に賢くなってきています。
 年寄りが言う「昔は良かった。それに比べて今時の若い者は…」なんて、たいてい嘘です。私は「今時の若い者はすばらしい」と言います。それぞれの時代で、人々は世の中を良くしようと努力してきました。次の時代を担う皆さんも必ず世の中を良くしていってくれると私は信じます。

死ぬな
 最後に皆さんに言っておきたいことです。仕事のストレスで自殺する人がいます。自殺したいと思ったら、心が病気になっているのです。病気なのですから、努力や根性という言葉で乗り越えられるものではありません。自殺したくなったら、自分で自分をコントロールできるうちに、必ず専門家の助けを求めてください。
 皆さん、人生をエンジョイしてくださいね。

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