No.56 2000/07/05
日本坂トンネル火災事故の教訓

 東名高速道路の日本坂トンネル(静岡県焼津市)の入り口には、大きな信号機があって、平時にはいつも青信号が灯っています。今では、高速道路になぜこのような信号機があるのかを知らない人が増えているかもしれません。
 これができたきっかけは、1979年7月11日にこのトンネルの下り線で起こった火災事故でした。トンネル内で6台の車が追突事故を起こして火災が発生し、死者7人、負傷者3人、焼失車両173台、鎮火に64時間かかったという大火災でした。21年も前のことですから、若い人には知らない人も多いでしょうが、そのころすでにマイカーを持っていた私は、つい最近のことのように覚えています。

 6台の車の事故がなぜ173台もの車両の焼失に至ったのか。私が新聞で読んだ記憶では、トンネルの手前の電光掲示板に「火災 進入禁止」と表示され、それで止まった人が後続の車にも止まるよう合図したにもかかわらず、たくさんの車が止まらずに入って行ったという証言があったようです。
 「進入禁止」の表示があったのに止まらなかったとは愚かなことだと思われるかもしれません。しかし、私は、止まらなかった人の心理を想像できます。

 高速道路では、危険防止のためにやむをえない場合を除き、止まってはいけないことになっています(もちろん、前の車が止まった時も、危険防止のためにやむをえない場合に含まれます)。止まることには追突事故の危険が伴います。
 「進入禁止」の表示が見えても、おそらく多くの人は、止まることによって追突されることの恐怖に追い立てられていたのでしょう。そして、止まらないことの言い訳を考えたかもしれません。「この目で見るまでは、本当に火災なのかどうかわからない」「渋滞中という表示があっても、結局渋滞がなかったこともあったじゃないか。これも何かの間違いかもしれないじゃないか」「前の車も止まらないじゃないか」と。
 そして、前の車がスピードを落とした時、ようやく自分もブレーキを踏む大義名分を得た。円滑な交通のためには前の車との間隔を適度に詰めて止まるべきだという観念に、いつもどおりに忠実に従って止まった。時すでに遅し。数珠つなぎになった車がどんどん類焼していく。数十メートル空けて止まれば類焼は免れただろうに。もはや車を捨てて逃げるしかない。
 死傷者数の割には焼失車両が多かったのは、多くの運転者のこういう心理に原因があったのではないかと思います。

 これほど重大な事態ではありませんでしたが、私は、似たような状況に遭遇したことがあります。有料道路で、「事故渋滞中 次で出よ」という電光掲示板を見ました。私は、もう少し先のインターチェンジまで行く予定でしたが、ただちに次のインターチェンジで出る決断をしました。出口へ進路変更した時に横目で見えたのは、そのまま直進して渋滞に巻き込まれようとするかなりの台数の車でした。おそらく、進路を変えるという、危険を伴う動作にとりかかる決断ができなかったのでしょう。

 交通の流れに逆らって減速したり止まったり進路を変えたりすることには危険が伴います。車線を間違えたことに気付いた時、決断が遅れたなら、目的の方向から離れてしまってでも、とりあえずは流れに逆らわずにそのまま走った方が安全です。しかし、流れに逆らわないことでかえって大きな危険に巻き込まれることもあるのです。
 「止まれ」の表示を見たら、目の前に危険が迫っていなくても、ともかく止まりましょう。追突されないように、非常駐車灯をつけて、ゆるやかに減速しましょう。特にトンネルの手前や入ってしまった位置では、安全が確認されるまでは動かずにいましょう。たとえ前の車がそのまま走り去ったとしても。
 おそらくは人々の記憶から風化しかかっている日本坂トンネル火災事故の貴重な教訓を、今一度思い起こしてください。

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