ネットニュース(単にニュースともいいます)は、電子メールと同じくらい古くからあるインターネットサービスで、不特定の人たちの間でのメッセージ交換手段です。
ネットニュースとは、「ネットワークを使った新聞」の意味です。発信されるメッセージの単位を「記事」と呼びます。記事は、コンピュータからコンピュータへとバケツリレーのように配送され、世界中に伝わります。ユーザーは、読者であると同時に新聞記者のように記事を投稿することができます。ソフトウェアや知識を公開したり、質問を流して回答を募るなどの目的によく使われます。
ネットニュースのサービスの性質は、インターネットが普及する前のパソコン通信で使われていた電子掲示板に似ています。しかし、電子掲示板では記事が一箇所のコンピュータに「掲示」されるのに対して、ネットニュースでは記事がたくさんのコンピュータに「配達」されていくという点が異なります。パソコン通信の電子掲示板は、そのパソコンネットワークの中だけで使われるものでした。それに対してネットニュースは、ネットワークをまたがって記事が配送されていきますから、世界中のどのネットワークのユーザーにもメッセージが伝わります。ですから、かつては、ネットニュースは電子掲示板よりも優れた方式だという考えがありました。
ところが、インターネットの普及が進んでから、状況が変わってきました。電子掲示板が復権したのです。
その要因は、皆さんが私のこの記事を見るのにもお使いのワールドワイドウェブ(短くはウェブと呼びます)の普及です。これは、「世界規模の蜘蛛の巣」という意味で名付けられた新しいインターネットサービスです。ウェブは、一般の人たちがインターネットの便利さを実感するにはこれ以上のものはないといえるほどのもので、インターネットの大衆化の推進役になりました。
ウェブは、ユーザーのコンピュータからのアクセスに応じて文書を提示するデータベースシステムです。しかし、それだけにとどまらず、CGI(Common Gateway Interface)というしかけによって、ユーザーが入力したデータをサーバへ送ることもできる双方向コミュニケーションも実現しました。ISP(インターネットサービスプロバイダ)のオンライン契約、ソフトウェアのユーザー登録、その他各種の申し込みなどはCGIを利用して行われます。ウェブインタフェースによる使いやすい電子掲示板も、CGIによって可能になりました。
そして、ウェブの利用が可能になったのは、IP(インターネットプロトコル)接続という接続形態によって全世界のネットワークが相互に結ばれるようになったからです。かつては、ネットワーク間接続の回線コストが高いなどの理由で、電話回線経由でファイルを一つずつ転送するという形態の通信も多く用いられていました。そのような接続形態でも電子メールやネットニュースは利用できますが、ウェブは利用できません。しかし、全世界のネットワークがIP接続で結ばれるようになったので、ウェブによって不特定の人たちの間での世界規模のコミュニケーションができるようになったのです。
さて、こうなってくると、電子掲示板に比べてネットニュースの欠点が目立つようになりました。
- ディスク容量の見積もりがむずかしい
ネットニュースサーバは、上流のサーバから記事を受信してディスクに蓄えます。ネットニュースの流量に基づいて、必要なディスク容量と、記事の保存期間を決める必要があります。流量が予想外に増えたり、期限切れの記事を消去するプロセスがうまく動かなかったりすると、ディスクあふれを起こして新しい記事を受信できなくなります。ネットニュースサーバの管理者は、いつもひやひやしていなければなりません。
電子掲示板ならば、多くの場合、記事が一つ投稿されるたびに、記事数が限界(たとえば100通)を超えたら古い記事が一つ自動的に消去されるという単純な仕組みです。ひやひやしながらサーバのディスク容量を監視する必要はありません。
- 情報のほとんどは無駄
ネットニュースでは、記事のコピーがたくさんのサーバに蓄えられます。誰かが読むかどうかにかかわらず、一人でも読むかもしれない記事は受信しておかなければなりません。誰にも読まれないまま期限切れになって消去される記事が大多数です。つまり、無駄な情報のためにディスクが占有されるのです。その総量は、世界中のサーバを合わせれば膨大なものになります。
電子掲示板ならば、記事は一つのサーバに保管されるだけですから、たくさんのコンピュータのディスク容量を無駄に消費することがありません。
- ニュースグループの生成や削除の管理が大変
ニュースグループとは、記事の内容に応じた投稿先の分類です。電子掲示板でいえば、掲示板一つに相当します。
ニュースグループの生成や削除を指示するメッセージをサーバが受け取ると、電子メールで管理者に通知されます。管理者は、それがネットニュース参加者の合議に基づくものか、あるいは誰かが勝手に流したものかを見極めて、ニュースグループに対応するディレクトリを作成したり削除したりする必要があります。サーバ上のディレクトリを常にニュースグループの構成に合わせるように管理するのは大変です。
電子掲示板ならば、作りたいと思った人がサーバを立ち上げればよく、やめたいと思ったら参加者に通告して閉鎖すればよいだけのことです。
- 他人の記事を削除できない
ネットニュースでは、自分が投稿した記事を削除することができます。しかし、他人の記事を削除することはできません。そんなことができては、言論の自由を封殺することになるからです。誰の記事でも削除できる権限を誰かが持つこともできません。それができる仕組みがあっては、それが悪用されることを防止できないからです。そのため、反社会的な内容の記事が流れても、投稿者以外の人がそれを削除することはできません。ほかの人にできることは、その記事を批判する記事を流すことくらいです。ネットニュースを、誰もが気持ちよく参加できる良好なコミュニケーションの場に保つことは非常にむずかしいものです。
電子掲示板ならば、反社会的な内容の記事は管理者の権限で削除できます。したがって、管理者が良識に基づいて発動する権限によってコミュニケーションの秩序を保つことができます。管理者が恣意的に言論を封殺することもできてしまいますが、その電子掲示板が参加者から支持されなくなれば見捨てられるだけのことです。ユーザーには電子掲示板を選ぶ権利があるのですから。
- 記事の配送に信頼性がない
ネットニュースでは、記事の中継がいつも確実に行われるとは限りません。途中のサーバの不調によって、そこから先のネットワークには記事が伝わらないことがあります。そのため、記事を読めた人と読めなかった人との間でコミュニケーションに齟齬をきたすことがありえます。また、自分の記事を削除する操作をしても、削除を指示するメッセージの配送が失敗して、よそのネットワークでは記事が残ってしまうこともあります。
電子掲示板ならば、投稿に成功した記事は必ず誰もが読めますし、投稿に失敗したら投稿者にそれがわかりますから、コミュニケーションに齟齬をきたすことはありません。
- 声の大きな人に支配されやすい
ネットニュースは、支配者がいないという点で、民主的な場であるかのように思われるかもしれません。しかし、強引に他人をやりこめる論陣を張る人がコミュニケーションの場の支配者になりやすい傾向があります。「この馬鹿は、常識を知らないのか!」などという記事を頻繁に流す人がいるニュースグループでは、その人の逆鱗に触れないようにコミュニケーションが行われるようになるか、あるいは罵詈雑言の浴びせ合いになりがちであるように思えます。そのため、初心者はネットニュースを「恐い所」だと思うことがあるようです。
電子掲示板では、私が知る限り、誰かが他人の発言を批判することはあっても、罵詈雑言にまで発展するケースは少ないようです。電子掲示板を提供する管理者がリーダーの役割を果たし、参加者がリーダーに敬意を払っているからでしょう。電子掲示板にはたいてい、インターネットの利用を始めたばかりの人も気軽にコミュニケーションに参加できる雰囲気があります。
- まともなクライアントソフトが少ない
ネットニュース記事を読み書きするクライアントソフトには、「初心者でもこれを使えば安心」という定評のあるものはあまり多くないようです。マイクロソフト・インターネットエクスプローラに付属するニュースリーダーで投稿すると、記事のヘッダがまともなものにならないので、「こんな記事を投稿するやつを収容するプロバイダ(あるいは会社)は信用ならない」などという罵詈雑言が飛んでくることもあるようです。
ウェブブラウザで手軽に読み書きできる電子掲示板では、まずそういう問題は起こりません。
こう考えていくと、ユーザーにとって利用しやすいものでなく、サーバ管理者にも負担になるネットニュースは、もうなくてもよいのではないかと思えてきます。まだ世界中のたくさんの人たちが利用していることは確かですが、電子掲示板に置き換えることは、やろうと思えば可能でしょう。ソフトウェアを流通させるためのニュースグループならば、提供の場をウェブサイトに移せばよいのです。情報交換のためのニュースグループならば、いくつかのウェブサーバで電子掲示板を運用してそこへ移せばよいのです。いずれにしても、ネットニュースの利用者に移行先のサーバがわかるようにすれば問題ないでしょう。それでどうしても困るという人はおそらくいないと思います。
考えられる問題としては、企業の社員が機密情報を外部の電子掲示板に投稿してしまうのを企業のネットワーク管理者が検出しにくいということが挙げられます。ネットニュースならば、企業内に中継サーバがありますから、外へ投稿された記事のコピーを電子メールでネットワーク管理者に通知するようにして、まずい記事を発見したら投稿者に記事の削除を命じることができます。とはいえ、インターネットにはすでにたくさんの電子掲示板があるのですから、機密情報を守るためにネットニュースを残した方がよいということにはならないでしょう。
私の勤務先では、ネットニュースを社内限定の情報流通にも利用していました。今、社内限定のネットニュースを全廃して電子掲示板に切り替えることを計画中です。
外部から受けるネットニュースは、情報収集のためであって、それが止まってもただちに業務に支障をきたすわけではありません。しかし、社内限定のネットニュースは、重要な社内通達も流れるので、止まると困ります。信頼性が要求されるサービスには、ネットニュースよりも電子掲示板の方が好都合ですし、運用の労力も少なくてすみます。
本当は、外部から受信するネットニュースの運用もやめてしまいたいところです。もっとも、完全にやめては情報の収集に困るので、なるべく運用が楽で社員も満足する方法を模索しているところです。