No.10 1999/11/03
純正律音階と平均律音階

 和音は、周波数が単純な整数比になるときに良く調和して聞こえます。ド・ミ・ソの和音が完全に調和するときの周波数比は4:5:6です。長調の基本3和音であるド・ミ・ソ、ファ・ラ・ド、ソ・シ・レの周波数比がいずれも4:5:6になるように音階(長音階)を決めると、以下のようになります。
ファ
基音(ド)に対する比 1
(1.000)
9/8
(1.125)
5/4
(1.250)
4/3
(1.333)
3/2
(1.500)
5/3
(1.667)
15/8
(1.875)
2
(2.000)
直下の音に対する比 - 9/8
(1.125)
10/9
(1.111)
16/15
(1.067)
9/8
(1.125)
10/9
(1.111)
9/8
(1.125)
16/15
(1.067)
 さて、基音からの3度音程(ド〜ミ)の周波数比を4:5よりも短い5:6にとるのが短調です。基音をラとした短調の基本3和音であるラ・ド・ミ、レ・ファ・ラ、ミ・ソ・シの周波数比がいずれも10:12:15になるように決められた短音階は、以下のようになります。
ファ
基音(ラ)に対する比 1
(1.000)
9/8
(1.125)
6/5
(1.200)
4/3
(1.333)
3/2
(1.500)
8/5
(1.600)
9/5
(1.800)
2
(2.000)
直下の音に対する比 - 9/8
(1.125)
16/15
(1.067)
10/9
(1.111)
9/8
(1.125)
16/15
(1.067)
9/8
(1.125)
10/9
(1.111)
 このように、各音の高さを和音が調和する整数比で決めた音階を純正律音階といいます。
 ところが、純正律音階にはやっかいな問題があります。上の表を見て、ド〜レの音程の周波数比が長音階では8:9、短音階では9:10であることがおわかりでしょう。このため、ハ長調の曲の途中でイ短調のレ・ファ・ラの和音が現れると、めちゃくちゃ汚い響きになってしまうのです。したがって、ハ長調とイ短調の両方の和音を弾くには、二つのレが必要になってしまいます。ましてや、ハ短調だの変ロ長調だのに自由に転調しようとしたら、そりゃもう大騒ぎで、一オクターブあたり何十個もの鍵(けん)が必要になってしまいます。

 そこで、一オクターブあたり12個の鍵でどのように転調しても周波数比が変わらないように決められたのが平均律音階です。平均律音階では、周波数比は指数関数で決められます。
ファ
基音(ド)に対する比 1
(1.000)
22/12
(1.122)
24/12
(1.260)
25/12
(1.335)
27/12
(1.498)
29/12
(1.682)
211/12
(1.888)
2
(2.000)
直下の音に対する比 - 22/12
(1.122)
22/12
(1.122)
21/12
(1.059)
22/12
(1.122)
22/12
(1.122)
22/12
(1.122)
21/12
(1.059)
 現代では、ピアノやギターなどの固定ピッチの楽器のほとんどは平均律で調律されています。そして、ほとんど誰もがその音を違和感なく聞いています。
 しかし、平均律は、転調のしやすさという大きな利点の代償として、和音の響きの美しさを犠牲にした音階なのです。ここで純正律音階と平均律音階の比較を長音階と短音階のそれぞれについて改めて示しますので、よく見比べてみてください。
純正律長音階
ファ
基音(ド)に対する比 1
(1.000)
9/8
(1.125)
5/4
(1.250)
4/3
(1.333)
3/2
(1.500)
5/3
(1.667)
15/8
(1.875)
2
(2.000)

平均律長音階
ファ
基音(ド)に対する比 1
(1.000)
22/12
(1.122)
24/12
(1.260)
25/12
(1.335)
27/12
(1.498)
29/12
(1.682)
211/12
(1.888)
2
(2.000)

純正律短音階
ファ
基音(ラ)に対する比 1
(1.000)
9/8
(1.125)
6/5
(1.200)
4/3
(1.333)
3/2
(1.500)
8/5
(1.600)
9/5
(1.800)
2
(2.000)

平均律短音階
ファ
基音(ラ)に対する比 1
(1.000)
22/12
(1.122)
23/12
(1.189)
25/12
(1.335)
27/12
(1.498)
28/12
(1.587)
210/12
(1.782)
2
(2.000)
 純正律に比べて平均律では、完全4度音程(ド〜ファ、ラ〜レ)は0.2%高く、完全5度音程(ド〜ソ、ラ〜ミ)は0.2%低くなっています。人が音の高さの違いを聞き分けられる限界が0.2%くらいだそうですから、このくらいの狂いはまだましです。問題は、長3度音程(ド〜ミ)が1%高く、短3度音程(ラ〜ド)が1%低くなっていることです。ここまで狂えば、調和の悪さははっきりわかります。ピアノやギターの音はすぐに減衰するのであまり気になりませんが、電子オルガンで、音を飾る効果(ビブラートなど)をすべて切ってド・ミ・ソやラ・ド・ミの和音を弾いてみると、汚いうなりがはっきり聞こえます(ヘッドホンで聞くとよくわかります)。

 私は、うっとりするような無伴奏コーラスは純正律でハモっているのではないかと常々思っていました。そして、純正律音階を簡単に演奏できる楽器が身近なものになるといいなと思っていました。
 最近になって、西洋音楽の発展の過程で廃れてしまった純正律音階の復活を主張して行動している人たちがおられることを知りました。純正律のオルゴールは、店で一日中鳴らしていても店員が疲れを感じないという話も聞いたことがあります。
 また、音律を純正律に設定できるシンセサイザーも開発されているようです。ただ、音律を変えられる電子楽器も、音律の知識がないと使いこなせないのでは普及しにくいでしょう。基準音律は平均律でよいけれども、和音を弾いたらコンピュータによって即座に最適な調和周波数を決定して鳴らすような電子オルガンがあるといいなと思います。どこかの楽器メーカーさんで考えていらっしゃいませんか?

 ところで、こういう話は、やはりプロから学ぶべきものです。興味のある方は、作曲家・バイオリニストの玉木宏樹さんのページ(2018年現在、リンク切れのため、2004年のウェブアーカイブです)をご覧になってみてください。純正律と平均律でのド・ミ・ソの和音の比較や、純正律のメロディーなどを聞くこともできます。純正律の音楽がいかに人(動物も!)の感性にマッチするかがよくわかります。ただ、そこで書かれていることを理解するには、私がここでご説明したことを基礎知識として持っておかれた方がよいと思います。

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