No.5 1999/10/11
怪談(その1)

 最初にお断りしておきますが、ここで述べることは、私が体験した実話です。幽霊の話が嫌いな方は、どうぞお戻りください

 私は、大学時代に、ある民家に下宿していました。その家の2階には三つの部屋があり、私を含めて3人の大学生が部屋を借りていました。
 ある日の明け方のことです。私は、突然全身がビリビリとしびれたように硬直して目が覚めました。気が付くと、私の足元の右側に、私から向かって左側を向いてうつむき加減で立っている人の姿が見えました。それは、白っぽい和服を着た中年の女性という印象でした。
 見えていたのはほんの1〜2秒だったと思います。その姿が消えると同時に全身のしびれが解けて、ふっと体が楽になりました。
 その直後、第2弾が襲ってきました。再び同じように全身が硬直し、今度は私の枕元に立って私を見下ろしている人の姿が見えました。1度目と同じ幽霊と思われました。顔ははっきりとは見えませんでした。私は近視なので、もしそこに実際に人が立っていたとしても、顔はぼやけて見えたでしょう。その程度のぼやけ方だったと記憶しています。
 私は、恐怖感というよりも、その幽霊が私の体を硬直させて苦しめていることに対する怒りから、「このやろう、消え失せろ!」と念じました。
 それもほんの1〜2秒のことだったと思います。幽霊が消えると同時に全身の硬直が解けました。
 私は、しばらく目を開けたまま茫然としていましたが、そのあと起き上がって、状況をノートに詳しく記録しました。

 気味が悪いので、大家さんの奥さんに話しました。奥さんは、自分も人魂を見た体験があるとのことで、一笑に付すことなく私の話を聞いてくれました。
 大家さんの奥さんから聞いた話はこうでした。
 大家さんは、その時より11年前に、夫婦と子供3人の5人家族に部屋を貸していました。夫婦が1階を、3人の子供が2階の三つの部屋を使っていました。その家族がそこに住んでいる間に、その家族の奥さんが病気で亡くなりました。その奥さんは、生前、「下の娘二人はしっかりしているけど、長男がしっかりしていないから心配だ」と言っていたそうです。その長男が使っていた部屋が、私が借りていた部屋でした。
 その後、お経を上げてもらったりお祓いをしてもらったりするでもなく、私は大学4年を卒業するまでその下宿に住み続けましたが、二度と幽霊は現れませんでした。

 私はその時以前に幽霊の存在を信じてはいませんでしたし、今も信じてはいません。日本テレビ系の「特命リサーチ200X」という番組では、心霊現象などの不思議な出来事に科学的なメスを入れていて、私は興味深く見ています。臨死体験、幽霊が出るトンネル、幽霊が映る鏡、丑の刻参りの呪い、こっくりさん、ポルターガイスト(騒霊)、金縛りなどの事例のうちかなりのものには、すでに科学的な説明がついているそうです。
 私の体験も、おそらくは、脳が半覚醒の状態にある時に見えた幻なのだろうと思っています。亡くなった奥さんと、その奥さんが気にしていた長男の話は、単なる偶然にすぎないのだろうと思っています。
 しかし、私があの時に体験した金縛りは、「意識が目覚めていても運動神経が目覚めていないために体が動かない状態」と説明するにはあまりに不思議なものでした。ビリビリと電撃が走ったように全身が硬直したのですから。また、そこに存在しないはずの人の姿が見えたかのように私の脳が知覚したのはなぜだったのか。「なあんだ、夢だったのか」という目覚め方ではなく、幽霊が見えたと知覚してから起き上がるまでに意識の連続性があったのはなぜなのか。脳の働きがもっと詳しく解明されないと、私の体験に科学的な説明を付けるのはむずかしそうです。

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