目次
日本語遍路

松本恭輔

季節の面接
ヤマユリ

庭に植えた 深山みやまのユリ,
窓越しに香も深い.
ハチが群れて からだこすり,
夢とうつつの境.

  ヤマユリ揺り,身を揺り揺り,
  時はいつしか移り…….

ユリはやがて 山をわすれ,
星わすれ,露もまた.
その匂いも いつか薄れ,
ハチの羽音も彼方.

  ヤマユリ揺り,身を揺り揺り,
  媚ふりまいても無理.

ユリを抜いて,人はきまま:
庭木戸に鍵を掛け,
ユリを求め,ゆく奥山,
崖の上,いのちがけ.

  ヤマユリ揺り,身を揺り揺り,
  人落ちて,知らぬふり.
アゲハ

“アゲハがとまる!”と こどもの声だ.
アゲハが曲げてる 小梅の小枝.

アゲハのあごから 小梅がぽろり,
こぼれた木陰に トカゲがそろり.
アゲハを見上げて 小梅をぺろり.
アゲハよ,あげるよ.落とさずお取り.

“アゲハがほしい.”と こどもの網だ.
アゲハよ,逃げなよ.ああ,南無阿弥陀.
奥飛騨白川

奥飛騨白川:屋根,合掌.
梅雨つゆどき,雨どき,陽がほしい.
夜な夜な カワズの 恋合唱.
夢路にふさがり,徹夜強い…….

朝まで飲もうか,酒一升.
都の友とは 久しぶり.
カゲロウ終えるか,その一生:
炉端に舞い落ち,灰かぶり.

あしたは見せます,ミズバショウ.
穴場でイワナを 釣りましょう.
花火

あちらにポン! こちらにボン!
  夜空に投げたリボン.
遠くのポン! 近くのボン!
  遠い田舎はお盆.

帰りたい... 帰らない...
  心が決まらない.
わがままな お姫さま,
  おとぎ話のまま.

夢見るポン! 脅かしボン!
  口ずさむは “セ・シ・ボン”.
犬吠埼

君ヶ浜の 波うちぎわ,
君いま亡く,牙むく岩.
生まれ変われ,若いその身,
海よりなお 深い瞳.

獲物ねらう ひとりカモメ,
獲物にがし,翼すぼめ...
灯台のみ 明るく立つ.
通りぬける おなじ真夏.

重い砂を 投げて,呼ぼう!
思い出たち 住む犬吠.
彼岸花

畦に火と燃える彼岸花:
鮮やかすぎる朱色.
“摘むな!” と母が言った あだ名:
死びと花,だれが知ろ.

幼な心をときめかせ,
ひそかに摘んだ花束:
抱けば,たちまち色あせ,
涙で投げた砂場.

めぐりくる彼岸花の秋.
母の墓は この先.
赤い坊ガツル

空が広か,雲高々.
山なみは赤の中.
やがて来たる 北から鶴,
南へと飛び移る.

峰をたどる 旅の男,
こよいの宿はどこ?
“星をあおぎ 疲れを消す
いで湯ならよかとです.”

カラスウリの からまる蔓.
赤塗りの坊ガツル.
クモのぼやき

まったくやりきれないよ.
せっかく網を張ったのに,
どしゃ降りとは…….これが浮世.
やり直しとは重荷.

何かかかったと見れば,
真っ赤な葉っぱときたもの.
でも,きれいな 四季の見せ場,
しばらくは飾り物.

網つくろいの合間,
きらり光る水玉.
秋が冬へ 駆け込む今,
餌ためたい しこたま.

それにしても 絶えた獲物.
店じまいか 捕り物.
名残り柿

甘柿,渋柿,名残り柿.
初雪 降り積む 山のコル.
モズ鳴き,枝掻き,爪みがき,
獲物は隠れて 身を守る.

蕎麦がき,筆書き,お品書き:
山辺の味なら このお店.
落書き,寄せ書き,壁に 空き:
心の奥底 書いて見せ…….

表の痩せ柿,すすり泣き.
おみやげ干し柿,レジの脇.
札幌すすきの

ふりしきる,ふりしきる
ましろの玉すだれ.
すだれごし かすむビル.
傘なし,いつか慣れ…….

  どこへいく? わたしたち:
  うで組み歩いたが,
  飲みましょう 迷い断ち,
  にわかの若白髪.

    酔うて出りゃ 雪が増し,
    頬だけ積もらない.
    歌合わせ,千鳥足.
    肩組み高笑い.

      気がつけば,ちがう声:
      あなた,見知らぬ人……?
      まあ飲むか,次の戸へ!
      お初に,なみなみと.
下北半島の春

咲きましたか? あの紫…….
花の名前,忘れました.
ただ,あなたと あすを描き,
歩いた道,あの下北.

ふと開けた お花畑:
踏み入るそこ,紫色.
なぜか言えず,思いのたけ…….
花も胸も,続く迷路.

思い出した! そう,カタクリ.
若くはない ふたりでした.
すれちがいの 過去はくくり,
今年こそは,また 下北.
さつきのいろどり

みどりのいろいろ,よりどりみどり.
濃いのに薄いの,それぞれみどり.

つがいのヤマドリ,谷間をたどり,
里まででかけて さえずり,おどり…….

こみちのイタドリ,ことしも戻り…….
さつきのいろどり,名画の気取り.
ツツジ池

光はじける水面みなも,
きらきらと何もかも.
雨あがりの 池に映える
ツツジから跳ぶカエル.

しじまを打つ水音.
さざ波が寄せる毎,
逃げるコイと ツツジの赤,
乱れて色あざやか.

コイに餌あげましょか.
恋する二人も初夏.
つれないふれあい
忘れた峠

忘れた人とめぐりあい,
忘れた駅へ切符を買い,
忘れた歌を教え合い,
忘れた道を歩きたい.

  忘れた道はなお遠い.
  忘れた峠,いつ見える…….
  忘れた子らが群れつどい,
  忘れた訛り,よみがえる.

    忘れた草の痛いとげ.
    清水が走る深い谷.
    あえぎあえいで着く峠,
    忘れた町が目の下に!

      忘れた人は指をさす.
      忘れた人の家だとか…….
      帰らぬ人を待ち暮らす
      優しい母と兄とほか…….

        忘れた人に連れられて,
        忘れた町にくだりたい.
        忘れた夢を呼びとめて,
        心の渇き 忘れたい.
たそがれの尾瀬

ひとり来た尾瀬,迫るたそがれ.
芝のあいだを 清水が流れ,
いつかしとしと 足元ひたし,
いつか思いも 濡れてるわたし.

  待つからと かならず待つからと
  言いながら,あなたはとうに消えたあと.

霧の晴れ間に 顔のぞかせた
燧ひうちは耳に 片手を当てた.
原のはずれの 至仏のこだま:
春のなだれも もう絶えたまま.

  踏みゆけば,思いを踏みゆけば,
  胸いたむ.みやこへやはり帰らねば…….

乱れるキスゲ,白いワタスゲ.
野わたる風が 逝く夏を告げ,
焦がれ求める ミズバショウ無く,
わたしはひとり 面影いだく.

  つかの間か,すべてはつかの間か…….
  振り向けば,燧もまたも霧のなか.
里恋い

思い出の日にしみ残る
豊かなヤマブドウの房:
カルカヤに蔓 あずけて実る
むらさきの艶の明るさ.

ことしもたんと下がるのやら...
雪ふる前のひとときを
惜しみなく熟れ,いろどりながら,
恵みくれる神の血潮.

むらさきのその実をこがれ,
酸い汁にくちびる染めて,
浅間の峰や 千曲の流れ,
ながめたい,枯れ草に寝て.

そしたら愛もはなやいで,
ヤマブドウの粒のように,
人の情けに ころもを脱いで,
乾き知らずにいたろうに...

豊かなヤマブドウの房,
ふと慕わせる胸の憂さ.
手袋

わたしの手袋 左だけよごれ,
右はいつまでも ポケットにさかさま.
あなたの手袋 右だけがよごれ,
左はひさしく 使われないまま.

私の右手は 手袋いらない.
あなたの左手 しっかり握りしめ,
いつもはあなたの 皮ジャンへとしまい,
ときにはあなたの 服の中にきめ…….

新宿で落ち合い,原宿へ向かい,
お店ひやかして 逆にひやかされ,
それでもふたりは 手と手はなさない.
けれど,もう そこに 迫っていた別れ.

これからよごれる 右手の手袋.
ただ詫びるあなた 責めずにさまよい,
夜更けのさよなら,寒い池袋.
右手の手袋 取り出し,深酔い.

ちぎれてよごれた 悲しみ消すため,
あなたも左に はめたか,手袋.
真冬の通りに ふたりで暖め,
散らしたつぼみの 愛の日のむくろ.
ふたりぼっち

ふたりぼっちの 部屋のなかで,
ふたりぼっちで 飲むこの酒.
ふたりぼっちで ひと瓶を空け,
ふたりぼっちで ぬくもるまで.

きょうの仕事,しんどい仕事.
あたまにきて ばかりいたが,
忘れるのが ふたりのさが.
いやなことは 雨戸のそと.

ふたりぼっちの 部屋のなかで,
ふたりぼっちで でかける旅.
ふたりぼっちで しぶきを浴び,
ふたりぼっちの 愛の船出.

きのうの恥,波に放て!
船こぎぬけ! 声を交わし.
なおも急げ! 望みさがし,
ふたりぼっちの 旅路の果て.

ふたりぼっちの 部屋のなかで,
ふたりぼっちが 浮かれ芝居.
ふたりぼっちに 客はいない,
ふたりぼっちが ヘボのままで.

あす名を成す 夢のあいだ,
たがいちがい 手をたたいて,
たがいちがい 横を向いて,
ふたりぼっちが ひとり涙.

ふたりぼっちの 部屋のなかで,
ふたりぼっちに 朝の陽さす.
ふたりぼっちは からだ合わす,
ふたりぼっちの たがいを撫で.
ひとみ

あなたのひとみに いたのはわたし.
初めての誘い,秘密の遠出.
わたしの小さな 笑顔野放し,
あなたの大きな ひとみの底で.

わたしがひとみに 近づいたとき,
どこかで聴こえた “ハバネラ”の歌.
ふたつの鼓動が 高くおののき,
わたしを隠した あなたのまぶた.

ひとみのわたしは ゆがみ,形無し:
あなたが涙を にじませたとき.
流れるわたしは みずうみの端,
嘆きの滝壺 こわごわのぞき…….

わたしはいまなお たずねてまわる,
わたしを溶かした 目のみずうみを.
のぞみの淀みで また読みあさる,
終わりの見えない 愛のシナリオ.
イチョウ並木

ひじり橋のたもと,青信号みてから,
吹き溜まりの風が 坂道すべりだす.
ニコライの御堂みどうも 首をすくめながら,
ロシアの街角に 思い馳せる師走.

冷え込む坂道の 喫茶店の窓のそば,
黄色の葉舞いおり, 舞いあがり,また散る.
イチョウ並木に立ち, 言いそびれた言葉,
風に乗せてみても,ただはね返すビル.

ふた昔前には 学生らがあふれ,
あのパリのラタン区の 炎ここで燃やし,
襲う機動隊と 闘いのあけくれ.
バリケードの中で,信じた愛のあかし.

やがて降る血の雨,イチョウの幹を染め,
仲間とともどもに 連れ去られた人よ…….
いつか闘い果て,まわりは声ひそめ,
落ち込むその人を 抱いて過ぎたひと夜.

“ふたりで逃げようか,この国をあとに.”と
言われても,答えが すぐ出なかったわたし.
治らぬ怪我の上,なお傷ついた人,
イチョウ吹雪の中,消えた,職をさがし.

あのときと同じに 降りしきるわくら葉,
古い写真のように 非道にへばりつく.
コーヒーの苦さの お茶の水よ,さらば.
ニコライの鐘の音,きょうなぜか物憂く…….
失意のサンバ

サンバ,君こそは わが片恋と悩み.
あの日 この胸に ささやかな若さと
夢をくれたリズム,寄せては返す波.

サンバ,君こそが もたらしたあの奇跡:
好きな あの人と 聴いたラテン・コンサート,
おとなのささやきを 交わした二階席.

  あの人は敵には ふさわしくない人.
  ときの いたずらで 間に合わなかった愛.
  憎しみ合う仲の 向こうで生きたいと…….

サンバ,君こそは わが悲しみの泉.
君を 聴くたびに 胸が凍るのみか,
秘めた野望さえも あばらにひと休み.

サンバ,君はなぜ いきなり鼓膜を搏つ.
不意の 訪れは あの人の便りか?
つかの間の期待も ちぎれる 少しずつ.

  伸べた手をふりきり 回る舞台の奥,
  消えた あの人は ふたたび戻らない.
  あとに残る節は ふたりで生んだ歌曲.

  サンバに乗せたい曲,あの人との記録.
もしかしたら

もしかしたら この町は,
わたしを待っていた町か…….
牧場でウシが,“こんにちは.”
ジャガイモの味もたしか.
冬の寒さがきびしい?
いいとも! 夏はさわやか.
土地を少し売ってほしい.
星がどこよりも さやか.

もしかしたら あなたこそ,
わたしが待っていた人か…….
妬みや悲しみは他所よそ,
旅と音楽が好きとか.
“あんまり美人じゃないし.”なんて…….
例えりゃ,丘のシラカバ.
暮らしの調べはアンダンテ.
修羅場のみやこ,おさらば!
こどものお供
ナノハナ

なんのはな?
  ナノハナ.
いちめんはるかな
  ナノハナ.

みさきのはな
  のはな.
なんになるのかな?
  のはな.
たねしぼるんだな,
  のはな.
だから アブラナ
  のはな.

のたりしずかな
  うみみるかな.
はねてきえたな,
  なみとぶさかな.
サクラ

さいたさいた サクラ.
  あまざけ いくら?
はなふぶきのまうら,
  おしろのやぐら.

さいたさいた サクラ.
  やぶさめ,かぐら...
おともだちは どちら?
  “おにさんよ,こちら.”

さいたさいた サクラ.
  おとな,てまくら.
はなみなら,おだわら.
  はるのひ うらら.
こいのぼり

あれはマゴイ,つぎはヒゴイ.
かぜをたべて,そらにおどる.
そのいきおい,とてもすごい.
ハトもみてる,おそるおそる.

こえろこえろ,やしろのもり.
およげおよげ,トンビもうしろ.
ゆうだちくりゃ,たきをのぼり,
かみなりさま ひとのみしろ!

ヒゴイはきみ,マゴイはぼく.
なかがいいな,ぼくらみたい.
ゆけゆけ,さあ,くもまのおく.
ふきながしと そらのへんたい.
あめ

きょうも あめ.ながい あめ.
いつまでつづく あめ.
ママは,“だめ!”“ぬれちゃ だめ!”
“おそとにでては だめ!”

  つまんないな.つまんないな.
  テレビもあきたし な.
  おそいなつ,おそいやつ,
  きょうもおへやで まつ.

きょうも あめ.ながい あめ.
いつまでつづく あめ.
いけのカメ,くびおさめ,
ちょっぴり ごきげんななめ.

  やんなっちゃったな.やんなったったな.
  ファミコン終わったからな.
  おそいなつ,おそいやつ,
  きょうもおへやで まつ.
ツメタガイ

いそでみつけた ツメタガイ.
すなをかためた ツメタガイ.
なつのはまべの あばれもの.
ここじゃアサリが はなしがい.

  つめをかくした ツメタガイ.
  アサリみつめた ツメタガイ.
  あついひざしの かげるとき,
  おそうツメタの てはながい.

    つよいツメタの つめのした,
    アサリつかまり,まけました.
    からに あなあけ,みをとかし,
    ツメタつめたく たべました.

      なべにあつめた ツメタガイ,
      しぬともしらず,なかたがい,
      なつの いそもの,うまいもの.
      しおでにつめた ツメタガイ.
夕立

ひやひや風が 吹いたら すぐと,
ぱらぱら 空が 涙をながし,
お留守の窓の 干し物みると,
肩すりよせて 逃げ場なし.

ぱりぱりズボンも,まっしろなシャツも,
靴下,エプロンも ちと慌て気味.
お出かけ見ていて いじわるいつも:
みるみる広げる 黒い染み.

ひらひら下着は さわぐの おやめ.
湯上がりタオルに 隠れるのが手.
助けてあげたい.でも,これじゃだめ.
お留守の人まだ 来ない.さて…….
おとり

ムギワラトンボで シオカラつれた.
むぎわらぼうに にあうのは げた.

チャンヤンマでつれた.ギンヤンマがつれた.
ちゃんとつかまえず,にげられちゃ,へた!

“オニヤンマつるにゃ,なにヤンマおとり?”
なによりさきに そのヤンマおとり!
ススキ

にげていく かげぼうし,だれ?
あそこかな,ゆれてるススキ.
おいつくと,かみのけみだれ,
いきはずむ ヨシエちゃんが すき!

たちどまり,はなのなおしえ,
はなおると なきがおつくる.
“わるいこね.そのはなヨシエ.”
かみのけを まいてくるくる.

ゆうひおち,はしるかわどて:
くらくなる みちにはススキ.
きのえだで つないだ てとて
はなさない.いつまでも すき!
こがらし

おみてはこがらし,ふゆあらし.
うみではアザラシ,はしゃぐとか…….
おとなはいそいで,にし ひがし.
ことしももうすぐ おおみそか.

カラスがかれきで こえからし,
このおちゃ でがらし.かえました.
のきばにほしてた トウガラシ,
あおなとつけこみ,いしのした.

がじょうをかきましょ,えをこらし.
あてなは“いがらし”,なかいいこ.
あのこもくれたら,いいはなし.
“あそびにおいで.”と よびにいこ.
カゼの神様

カゼの神様が 手に持つのは,
  見えない大きな湿布.
こどもら隙見て 折る こわごわ,
  公園に咲くチューリップ.

“こらこら 子どもら,逃がさないぞ!”
  両手に湿布をひろげ,
追えば こけ落ちる 通りの溝.
  泥まみれ,花もしょげ…….

“こらこら 子どもら,おしおきだぞ!”
  カゼの神はぺたりと,
湿布を貼りまわる.背中がさぞ
  ぞっとしたろう ぬすびと.

花を投げ捨てて,べそをかく列.
  帰って寝た その夜中,
あの子が熱出しゃ,この子も熱.
  カゼの笑い高らか.

“それ,クシュン.わははは.” クシュン.じわじわ
  効いてきた,カゼの湿布.
“クシュン.届けようか,お見舞いには
  泥まみれのチューリップ.”
おにぎりべんとう

おにぎりいつつ,ひみつのなかみ.
  どれでもおいしそう.
たべればでたよ,うめぼし,あかみ.
  ひのまるのごちそう.

たらこかな? こんぶ! おかかかな? でんぶ!
  なかなかあたらない.
おかあさん,へいき.たべられる,ぜんぶ.
  おかずあて うらない.

さいごのひとつ,これをのこしちゃ,
  おかあさんかわいそう.
ふりかけ ちゃちゃちゃ.たべたら,むぎちゃ.
 おにぎりつづきそう.

暮らし騒がし
カエルのデモ

カエルのデモです.ゲコ ゲコ ピョン.
物価 物価 どんどん どんと,上がるよ ピョン.
がまぐちはたいて でんぐり返る
呆れ返るの ヒキガエル.

  物価 物価 どんどんどん,かっか かっか ピョン.
  ゲコ ピョン,かっか ピョン,デモまだ ピョン.

カエルのデモです.ゲコ ゲコ ピョン.
お店で値を見て,びっくりの ピョン.
カワズが買わずに 田んぼへ帰る.
青息 吐息,アオガエル.

  物価 物価 どんどんどん,かっか かっか…(繰り返し)

カエルのデモです.ゲコ ゲコ ピョン.
青田をつぶせば,値上がり ピョン.
トノサマガエルは ふんぞり返る.
赤旗たてる アカガエル.

  物価 物価 どんどんどん,かっか かっか…(繰り返し)

カエルのデモです.ゲコ ゲコ ピョン.
トノサマガエルを 追い出せ,ピョン.
そうすりゃ卵も やがてかえる.
田んぼは栄える.よみがえる.

  物価 物価 どんどんどん,かっか かっか ピョン.
  ゲコ ピョン,かっか ピョン,デモまだ ピョン.
夕日

真っ赤な夕日,その中へと
あなたは消えた,列車と.
“すぐに来るから,待ってていて.”と
わたしを預けたあと.
面影など 忘れたけど,
わたしを“ユミちゃん.”と呼んだの.
ユミか ユミコか 知らないけど,
日本の子,あなたの.

こどもの無い 養い親:
その手で おとなになり,
愛してくれる 夫や友や
へだて無い 人ばかり.
貧しくとも 落ち着ける日,
中国名になった心:
その片隅に 残る夕日,
消えない あのころ.

育ての父 世を去り,いま
育ての母も老いて,
こどもと遊ぶ ふとした暇,
あなた思う.どうして?
日本へそれで 訪ねて来た,
よく似た みなしごたちと.
けさのテレビで そっと呼んでみた,
“母さん,会いたい.”と.

あなたのこと,ほんの少しも
恨むことなどは無い.
わたしを連れて いたら もしも,
ふたりとも いま いない.
日本の夕日,大陸より
赤みは薄いのでしょう.
でも,見てるうち,時が戻り,
あなたが来るよう…….

いるの? 母さん.お年ね,もう.
もしや寝たきり? ひとり…….
わたしも いまや 年長でしょう,
あの時の あなたより.
夕日しずむ 夕べあたり,
あなたが名乗り出たなら,
わたし六歳 “ユミちゃん”になり,
甘えます,泣きながら.
スギと子ども

丘のふもとのスギの木は
小さな池の見張り役.
フナが跳びはねる水ぎわ,
子どもの声、“網を,早く!”

  ブルドーザの音に追われ,
  子どもら逃げて行きました.
  丘は削られ,池あわれ.
  スギも生き埋め,土の下.

    道がたちまち出来ました.
    ダンプが群がり,大暴れ.
    スギが終わりに見たあした:
    緑の丘のミミズ腫れ.

      街がいつしか出来あがり,
      子どもも車で行き過ぎ,
      だれも知らない物語り:
      通りの下の池とスギ.
池子のホタル

川のほとり 光るホタル,
  またたき なにを語る…….
川も森も 変わらずにと,
  つかまる 望みの糸.

ホタル育つ 川をのぼり
  たどれば,池子いけごの森.
森の中は 鳥のすみか,
  荒らすは だれの罪か.

次の夏も 舞うかホタル…….
  フクロウの 目もいかる.
ホタルが書く 火の平仮名,
  “助けて! これまでかな.”

川のほとり 光るホタル,
  飛び来て 顔に当たる.
人と見てか 恨むホタル,
  つめたい 汗したたる.
去りゆく友に

遠くあなたはゆくか,ここを立ちいで.
胸を走りすぎゆく 熱い思い出:
あの日その日の姿,別れたあとも
生き続けるあなたは,いつまでも友.

友よ 笑顔なくすな,つらいこの世に.
ひとりだけで嘆くな,背中の重荷.
耳に残る言葉を 別れたあとも
聴いてしのぶあなたは,いつまでも友.

遠く離れていても 近い仲間で
いよう,共にあしたを つかみとるまで.
忘れまい その心.別れたあとも
励まし合うあなたは,いつまでも友.
無人駅

人のいなくなった駅:
アブラゼミにゆすられ,
ガラス窓が またひび割れ,
待合室は遺跡.

柵にくくられ恨む
“無人化反対”の幟:
特急列車の 通過のおり,
よけてかがむ,寒々.

鈍行がやっと停まるも,
ひとりだけ降り,乗らず…….
あきらめ顔,見てるカワズ.
田舎の駅のいつも.
津軽にて

田のもは,もうもうと わらを焼く煙:
しみて痛む目には,十三湖が薬.
今しも沈みゆく 夕日を追いかけ,
やってきた気動車は,錆びて煤だらけ.

人のいない駅に 降りたのはふたり:
すぐ自転車を起こし,消える右ひだり.
気動車だるそうに 走り去るあとを
たたずみ見送るは,村里の古老.

“こんなに早く刈れば,まずい米ばかり.
刈りあとのわらだって 使えた,それなり.
出稼ぎにゆくため 刈り入れ急ぐだ.”
その嘆きも,時の 勢いには無駄.

わら集め,火をつけ,すべて始末して,
妻と子に別れて 稼ぐのが,やり手:
みやこの真夜中の ビル工事仲間...
主のいない冬場,田んぼは荒れたまま.

沈みゆく夕日は,煙の火種か...
火種あるうちにと,気動車せかせか
焦りの足どりで 引き返してくる.
客無しの一輌,錆色のお古.
拝啓 殺し屋様

ある日突然,美形のミー,
  ひどい下痢で衰弱.
抱き上げれば,声ひいひい.
  そのまま 帰らぬ客.

二日後には お茶目のチャキ,
  出たまま姿も無く,
知らせ受けて 行った土手先,
  目が溶けて もう硬く...

うちの二匹 だけじゃなくて,
  猫が死んだ ばたばたと.
通り道に 毒えさ捨て,
  だれかが企んだあと.

猫飼う家,みな窓閉め,
  遊びに出さなくなり,
野良猫へり,凄い効き目.
  あなたは どこで にたり?

闇の中の 殺し屋様,
  あなたは近くにいる.
悪魔の顔 隠したまま,
  にっこり あいさつの昼.

たまたま怪我,わが家にいて,
  助かった小さなタマ,
きっとある筈,毒えさ見て!
  紐付き散歩のはざま.

大騒ぎに だんまりが得.
  野良ふえて過ぎたヤマ.
今度やるなら,せめて予告...
  お分かり? 殺し屋様.
車とおばさん

“車がくるから 旗もってお待ち.”
車がくる間に 旗とる子たち.

車はおばさんに 気づき,ブレーキ.
くるくる旗ふり 渡りゃ,上出来.

車がくるまま 緑のおばさん,
車のガス浴び お化粧ごわさん.

車がふえれば,渋滞ながい.
車に狂えば,暮らしの破壊.

くる日もくる日も 子供ら送る.
車がくる,くる.また腕まくる.

“車よ,くるな.”と 緑のおばさん.
車がくるうちゃ お役目欠かさん.
雨のドライブ

夜を掘り掘り あえぐ走行.
フロントの窓に つたうは汗か,
それとも涙…….服役続行.

闇にきらめく おお,エメラルド!
またエメラルド,かすめ飛び去り
肝が縮まる,やり過ごす都度.

ようやく出たか,琥珀が重く.
いやいや違う.望むはルビー.
それを手にして やっとの休息.

ふたつのカンテラ,もっとくれ光.
見つからないか,血のよなルビー.
掘れや,掘れ掘れ,宝石あさり.
四万十川遍路

森を曲がり,岩を曲がり,
うねり行く水,四万十.
川漁師の 昔がたり,
喜び悲しみ たんと.

手摺もない 沈下橋には,
危なっかしい旅行者.
落ちたらすぐ 死の瀬戸際.
民話の種なら豪奢.

ごみ投げたら,魚が寄り,
噛んで流して すぐ澄み,
泥投げたら,待つ川海苔.
育て,栄養盗み.

時に青磁,時には藍,
光は天才の画家.
点景ならば,船が似合い.
雲かけば雨にわか.

城のぞめば,終着すぐ.
釣り人ならぶ四万十.
風おさまり,汗ばみ脱ぐ,
若すぎる遍路のマント.


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